何様 朝井リョウ 著
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
◆煩悶しながらも進む人々
べつに誰も間違っていない。すべてが前向きで正しくて、そのぶん息苦しいほど優しい-そういう世の中で呼吸することに慣れた人びとは、自分自身を守るため、どこかですっと線を引きながら生きている。その線を上手に引けない、あるいは無視して歩けない者たちの姿を、朝井リョウはいつだって驚くほど繊細に描き出す。
ツイッターやネットの掲示板という道具立てを通じて就活生たちの複雑な自意識をつぶさにあぶり出し、直木賞を受賞した『何者』。本作はそのアナザーストーリー集にして、ある種の鏡合わせにもなっている短篇集だ。とはいえ、『何者』が未読でもまったく問題ない。記されているのは、特定の人物の「続きの物語」ではなく、もっと広くて、ずっと遠い場所まで届けられうる言葉だからだ。
例えば、「それでは二人組を作ってください」の主人公・理香の痛々しい孤独。あやとり遊び、修学旅行のジェットコースター、体育の前のストレッチ…幼い頃から女子同士の「二人組」をつくらなければいけない場面でことごとくはじき出されてきた彼女は、大学という、ほんの少しだけ視界のひらけた(ように見える)空間で、そのやり方を学び取ろうと必死にもがく。
また、「きみだけの絶対」では、世界の建前と現実のてざわりの狭間(はざま)で悩み始める男子高校生の煩悶(はんもん)が拾い上げられる。「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」では、きちんと手順どおりに生きてきたはずなのに、いつのまにか疎外されてしまった男女の寂寞(せきばく)が紡ぎ出される。
<誰も悪くないから、大丈夫だよ>-作中、みんなの夢がぎゅうぎゅうづめになっている高校の教室を尻目に、とある少女がこんなことを言う。誰も悪くないはずなのに、誰かが頑張ったぶんだけ誰かがこぼれ落ちてしまう現実の残酷さ。そこから目を逸(そ)らすことなく歩き続ける者たちに向かって差し出された、真摯(しんし)な声が収められている。
(新潮社・1728円)
<あさい・りょう> 1989年生まれ。作家。著書『世界地図の下書き』など。
◆もう1冊
羽田圭介著『ワタクシハ』(講談社文庫)。高校時代にギタリストデビューを果たした経歴を持つ大学生の就職活動を描いた長篇小説。