チベット 聖地の路地裏 村上大輔 著

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チベット 聖地の路地裏 村上大輔 著

[レビュアー] 桜木奈央子(フォトグラファー)

◆住んで知る心の風景

 チベットといえば、まず山や秘境、ダライ・ラマなどを思い浮かべるが、そこにリアルな人びとの生活を想像できる人は少ないだろう。ところがこの本は、チベット人の等身大の姿をあざやかに描き出す。ラサの茶館のざわめき、チベット男の愛の言葉が並ぶラブレター、大地を鎮める仮面舞踏など、多数の写真とともに人びとの暮らしや精神性を伝える。

 本書は、八年間ラサで暮らした人類学者が「ラサを感じるまま文章に変換した」エッセイ集。表題に使われた「路地裏」という言葉には、聖なる世界の裏側、人びとの心の裏側という二重の意味が込められている。素晴らしいチベット仏教の世界だけではなく、同時代を生きる人間としてのチベット人の心の風景だ。

 それを明らかにする方法は、現場に住み込んで物事を観察し、その経験を記述する文化人類学的フィールドワークそのものであるが、本書は単なるフィールドノートではない。異文化での生活、他者への理解や共生について新たな知見を拓(ひら)く書でもある。

 「空の宗教」という文章で、透明で深い青空と風からチベット人の民族性や宗教を鮮明に捉える著者の姿が印象的だ。文化に身を委ね、体や肌で感じることによって初めて理解できることがある。チベットの果てしない青空を想像するだけで、のびやかな気持ちになる一冊だ。

 (法藏館・2592円)

<むらかみ・だいすけ> 1969年生まれ。人類学者。駿河台大専任講師。

◆もう1冊 

 河口慧海(えかい)著『チベット旅行記』(上)(下)(講談社学術文庫)。一九〇〇年、仏典を求めてチベットに入った著者の紀行。

中日新聞 東京新聞
2016年10月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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