人工知能として蘇る、不可解な自殺を遂げた美女 横溝賞受賞作

レビュー

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虹を待つ彼女 = a girl waiting for a rainbow

『虹を待つ彼女 = a girl waiting for a rainbow』

著者
逸木, 裕, 1980-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041047521
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

主人公の変貌ぶりに注目!選考委員絶賛、横溝賞受賞作

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 無人航空機ドローンといえば昨今テレビの空撮等にも多用されているが、その一方で戦争兵器としてのイメージもつきまとう。第三六回横溝正史ミステリ大賞を受賞した本書もまずは、ドローンとゾンビを撃ち倒すオンラインゲームをリンクさせ、自らを標的にするという奇抜な自殺事件から幕を開ける。

 SFっぽい出だしだけど、本篇はさらに六年後の、二〇二〇年に飛ぶ。

 工藤賢は人工知能開発に限界を感じ、日常生活にも飽きつつある研究者。そんなとき、彼の作った人工知能と会話出来るアプリに対するクレームが会社で問題となる。そのアプリは恋愛も可能だが、それにハマって人間関係を損なう者が出てきたのだ。最高技術責任者の柳田は打開策に、死者を人工知能として蘇らせるサービスを提案。プロトタイプの候補に、六年前ドローンを使って自殺したゲームクリエイター・水科晴の名前が挙がる。

 不可解な自殺の謎はもとより、晴は伝説の多い人物だった。工藤はSNSを使って情報収集を開始、程なく彼女には“雨”と呼ばれる特別な存在がいたらしいことがわかるが、その一方で「HAL」という人物から「水科晴について嗅ぎまわるな。お前も、殺してやろうか」という不穏な脅迫メールも届く……。

 ミステリーのメインストーリーといえば犯罪事件の解決だが、本書のそれは水科晴という謎めいた美女の素顔の探索にあり。著者はそこに、人工知能と対決する囲碁棋士やら、反人工知能キャンペーンを立ち上げるクレーマーを絡ませ、ストーリーの先読みを容易に許さない。

 注目は主人公の工藤で、幼時から才気煥発だった彼は「小賢しく自己防衛に長けた嫌らし」(恩田陸・評)い男なのだが、晴にのめり込むことで変貌を遂げていく。恋愛サスペンスとしても読みごたえありで、近年の横溝賞受賞作では、長沢樹『消失グラデーション』に並ぶ逸品かと。

新潮社 週刊新潮
2016年10月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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