少年少女の愛らしさに魅了される3冊 「タングステンおじさん」他

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  • タングステンおじさん : 化学と過ごした私の少年時代
  • エドウィン・マルハウス
  • 逢沢りく 上
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書籍情報:openBD

少年少女の愛らしさに魅了される3冊

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 映画化もされた『レナードの朝』などの著作で知られ、昨年82歳でこの世を去った脳神経科医、オリヴァー・サックス。彼が自らの幼少時代を語り、甘く切ない郷愁を誘うのが『タングステンおじさん』(斉藤隆央訳)だ。

 医者である両親のもと、四人きょうだいの末っ子に生まれた著者。母方の祖父が博学な人物で、その影響でおじ・おばも科学に詳しかったという。“タングステンおじさん”とは電球工場を経営するデイヴおじさんのことで、水銀の中にタングステンのバーを沈めて比重の大きさを証明するなど、金属にまつわるたくさんの小さな実験をしてくれたという。婚約指輪のダイヤモンドの冷たさから熱伝導率の高さを説明する母親、散歩中に拾った松ぼっくりで黄金比を教えるおばなど、著者が体験する知的冒険にうっとり。幼少期の彼は内気で失敗も多かったようだが、化学と向き合う時は生き生きと輝く理系少年の様子がなんとも愛おしい。

 一方スティーヴン・ミルハウザーの『エドウィン・マルハウス』(岸本佐知子訳・河出文庫)は文系少年の伝記。こちらはフィクションだ。11歳で夭逝した天才作家、エドウィンの人生を、彼の親友のジェフリーがその死の直後に綴ったという設定。漫画やアニメ映画に親しみ、苦しい初恋を体験し、創作活動に熱中した子どもの日常が濃密に語られる。次第に際立つのはエドウィンの天才性より冷静に彼を観察するジェフリーの伝記作家の才能。人間の創作に対する欲望をキュートかつダークに描く傑作だ。

 エッセイ、小説ときたので3冊目はコミックを。『きょうの猫村さん』が人気の漫画家、ほしよりこの『逢沢りく』(文春文庫 上下巻)も素晴らしい。周囲から憧れられる美少女のりくは、親の愛情を感じられず育ったためか、頑なな性格の中学生。特技は嘘の涙をこぼせること。そんな彼女が一時的に関西の親戚に預けられ、賑やかな一家に翻弄されているうちに、いつしか噓泣きができなくなったことに気づく。親戚の男の子、時ちゃんの愛らしさに笑ったのちに号泣必至。

新潮社 週刊新潮
2016年10月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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