『季節の民俗誌』 野本寛一著

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季節の民俗誌

『季節の民俗誌』

著者
野本 寛一 [著]
出版社
玉川大学出版部
ジャンル
社会科学/民族・風習
ISBN
9784472303081
発売日
2016/07/26
価格
5,184円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『季節の民俗誌』 野本寛一著

[レビュアー] 高野ムツオ(俳人)

自然の営み享受する

 日本という島国の農、漁民、山びとたちは、何を大事として、何を支えに、どう生きてきたか。そうした日本人の営みの本質に豊富な資料を駆使して迫った一冊である。

 歳時の節目や流れは、歳時記が示すように暦や稲作の伝来に伴い、年中行事と結びついて日本に定着してきた。しかし、歳時を大切にする生き方は稲作以前の狩猟採集時代から生活に密着し、人々に培われてきたのであった。

 著者は柳田國男ら先人の言説を踏まえながらも、暦に定められた行事の体系とは別に、その土地ごとに特有の季節の営みがあったと語る。例えば、ヤマノイモ科のトコロは「野老」と書き、正月の縁起物であるが、冬季の常食としても大事にされてきた。それは春の山菜同様、冬籠もりの鬱屈(うっくつ)感を払い、体を浄化させる働きがあるからだ。神饌(しんせん)として尊ばれたのも実は、その香気や爽涼(そうりょう)感によるものだった。青森の「ケの汁」には保存された山菜が必ず入る。山菜の大地の生命力を呪力としたのだ。その汁に餅を入れたのが、雑煮の祖型であるとも指摘する。餅の前には山芋が正月の儀礼食であった。正月にとろろ飯を食べる習慣が各地に今も残るのは、それゆえである。

 ナマハゲ、大師講、膝塗りなど諸行事の考察は、冬籠もりの人々の思いがいかに濃密で混沌(こんとん)としていたかを教えてくれる。みな冬を生き抜くための知恵なのだ。自然暦の調査は、人々がいかに豊かに自然の営みを享受してきたかを納得させてくれる。また、全編に多くの事例が紹介されているが、すべて著者の地道なフィールドワークによるものだ。語り手のほとんどは昭和生まれ。しかも、近年採集されたリアリティーに満ちたもので、今を生きる人々の、今しか得ることのできない貴重な記録となっている。それらを踏まえた深い洞察と卓見とが、急速に変化する現代、日本人はどう未来へと生きるかという大事に気づかせてくれ、ずっしりとした読みごたえがあった。

 ◇のもと・かんいち=1937年、静岡県生まれ。近畿大名誉教授。著書に『焼畑民俗文化論』『栃と餅』など。

 玉川大学出版部 4800円

読売新聞
2016年10月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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