東川篤哉・インタビュー 僕がアラサーだったころ

インタビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

かがやき荘アラサー探偵局

『かがやき荘アラサー探偵局』

著者
東川 篤哉 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103503811
発売日
2016/10/21
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『かがやき荘アラサー探偵局』刊行記念インタビュー 東川篤哉/僕がアラサーだったころ

_RYO5071_w280
東川篤哉氏

――『かがやき荘アラサー探偵局』は、西荻窪のシェアハウスでお気楽な共同生活を送るアラサー女子三人組が、ひょんなことから探偵仕事を請け負うことになり……という新シリーズですが、なぜアラサー女子のキャラクターを主役にしようと思ったのでしょうか。

 新しいシリーズを始める時に、以前は自分でキャラクターを考えていたのですが、ここ最近は、担当編集者の方に、率直に「どんなキャラクターがいいですか」って聞くようにしているんですよ。今回も「yom yom」の連載担当の方が「女性が三人ぐらいで同居している家を舞台にしたミステリなんてどうでしょう」と提案して下さって。まあ確かにシャーロック・ホームズだってワトソンと部屋をシェアしていたわけですから、そういうのも面白いかなと。あと吉祥寺でよく打ち合わせをしていたので、彼女たちの家はお隣の西荻窪あたりが、それっぽいのではと思って設定しました。

――長身のメガネ美人だけど何かがズレている葵、いい歳して女子高生コスプレの礼菜、茶髪で謎の方言を操る美緒。三人三様の個性的なキャラクターですが、彼女たちがどうやって謎を解いていくのかがとても愉快に描かれていますね。

 そこは悩みました。三人の中にシャーロック役とワトソン役がいる、という設定も有り得ますし、三人が三人ともミステリ好きで各自が推理を展開し、ああでもないこうでもないと揉めるような話にもできました。でも結局一話目を書いてみて、基本的には三人の中でリーダー格の葵が推理担当で、あとの二人はそこに合いの手を入れるというのが一番しっくりきました。ですのでワトソン役は彼女たちから家賃を取り立てる役回りの啓介に任せました。それだけだと、女子二人が脇役キャラになりかねないので、一話は啓介、二話は礼菜、三話は美緒、四話は葵と、それぞれメインの視点人物を変えて、全員がそれぞれの個性を発揮できる話にしてあります。

――バディもののミステリは色々ありますが、探偵役が三人というのは確かに珍しいですよね。

 僕の作品の中では、「鯉ヶ窪学園探偵部シリーズ」というのがありまして、高校の探偵部の男子三人が主に活躍する話ですが、最初はその女性版をやればいいだろうと考えていたのですが、結構大変でした。いい歳なのに仕事そっちのけで趣味に走るうちに会社を辞めて、家賃も払えない。でも好きなことはやめられない。そんな楽天的な人って実際にいるのかなぁと思いつつも、かといってリアルにどうしようもない女性は、そもそも事件なんて解決できないでしょうし……。その加減も難しかったですね。

――東川さんご自身は、どのようにアラサーの時期を過ごされていましたか?

 昼は毎日地道にアルバイトしながら、夜はアマチュア作家として執筆を続けていましたね。新座にある取次会社の倉庫に通って、返本されてきた本を五十音順に分別して束ねていましたね。来る日も来る日もやることは全く同じ。誰でもすぐ覚えられるような仕事を、七年間ほど続けていました。

――本が好きだから、そんなに続けられたのでしょうか?

 いや、ミステリ小説とかではなくて、扱っているのは写真集とか料理本といった実用書でしたから、中身には全く興味がありませんでした。本は重いですし、体力勝負のキツい仕事でしたよ。でも単純作業だから頭で何も考えなくていいので、仕事をしながらミステリのトリックを考えたり、昨日の続きのストーリーをどう書くかとか、そんなことばかり考えていました。そういえば、今回の『かがやき荘アラサー探偵局』中にも一話、この当時に閃いたアイデアを元にしたものがありますよ。第二話の「洗濯機は深夜に回る」という話です。

――タイトルだけでゾクッとくる話ですが、どうしてまた今になって書こうと思ったのですか?

 詳しいことは本を読んでいただいてのお楽しみですが、アイデアを思いついた当時では、トリックを現実に使うにはちょっと無理があるだろうと判断したのです。しかしそれから二十年ほど経って、僕が貧乏暮らしをしていた頃に発見したアイデアをふと思い出したんですよね。技術も進歩して、今なら充分成り立つだろうと思って盛り込みました。

――東川さんのアラサー時代の体験が役立ったわけですね。ご自身のことを振り返ると、「かがやき荘」の女子たちのように楽観的でした?

 彼女たちほど何も考えていなかったわけではありませんが、とりあえずはアルバイトで食べるのには困りませんでしたし、もともとお金をあまり使わない性格なので、作家になればなんとかなるだろうと思っていました。大学を出てガラス瓶を製造するメーカーに入社して、経理の仕事をしていたのですが、二十六歳の時に会社を辞めたんです。それで、食べていくためには何か仕事を選ばなければならない。どの会社にもあまり興味が持てなかったので、小説ならば書き続けられるかもしれない、と思って初めて投稿した短編ミステリ「中途半端な密室」が、「本格推理」の公募アンソロジーに採用されたんです。二十八歳のときでした。

――初めて書いた小説が雑誌に載って、滑り出しは最高ですよね。

 そうなんです。でもそこからが長かったんですよ。僕としては本を出して初めて作家デビューという気持ちでしたから、その後も「本格推理」にコツコツと投稿をし続けました。いくつか採用されてはいくものの、本を出すまでには至らない。北向きの日の当たらない部屋に住んで、昼間はバイトで誰とも話をせず、夜はひたすら執筆という「アマチュア作家」の時代が続きました。書いた作品の感想を言ってくれる知り合いもいないですし、今はいいけれど、四十代、五十代になってもずっとこのままだったらどうしよう、という不安はさすがにありましたね。

――二〇〇二年に『密室の鍵貸します』でデビューを果たしましたね。

 光文社さんから長編を依頼されて、やっと本が出せました。三十四ですから、もうアラサーとも言えない歳になっていましたが、やりたいことを続けてきて、ようやく作家と名乗れるようになったことが本当に嬉しかったですね。といってもアルバイトを辞めて専業になりましたから、収入もほとんど変わらず、北向きのアパート暮らしのままでした。

――それを一変させたのが、二〇一〇年に刊行された『謎解きはディナーのあとで』の大ヒットですよね。東川さんとしては、以前の作品と比べて何かを変えて書かれたわけでしょうか?

 小学館さんから、「きらら」という雑誌に書いて下さいという依頼があったんですね。読者は圧倒的に女性が多いということだったので、これまでの本格ミステリ好きが読む雑誌とはテイストを変えて、新人女性刑事・宝生麗子を主人公にしてミステリに読み慣れていない読者でも楽しめるように意識しました。その後いろいろあって、第一話は「文芸ポスト」という雑誌に載ったのですが、その時イラストを描いてくれたのがヤスダスズヒトさんだったんですよ。

 僕はそのイラストがとても気に入っていたので、ぜひ単行本もお願いしたかったのですが、中村佑介さんにしますということになって。結果的には大変素晴らしい選択だったわけですが、ヤスダさんとも、いつかまたお仕事をしたいとずっと思ってました。今回の『かがやき荘アラサー探偵局』では連載時からイラストをお願いできて嬉しかったですね。

――そういうご縁があったんですか。ヤスダスズヒトさんが描く三人のアラサー女子は、世間に媚びずに自由に生きている感じがして、とてもいいですね。ヤスダさんが『謎解きはディナーのあとで』の表紙を描いていたらどうなっていたかを考えるのも楽しいですが、ともあれ、空前の大ヒットとなって、どのようなお気持ちだったのですか?

 今度の作品はちょっと売れるんじゃないかなぁと漠然と思ってはいましたが、初版が七千部で、発売日の夕方に五千部の増刷が決まり、数日のうちに一万部、二万部、三万部、五万部と増刷部数が増えていって、最大時にはウン十万部。最初はそんなに刷って売れるのかなぁと半信半疑でしたが、途中からもう何が何だかわけがわからなくて、どこか他人事のような気分でしたね。

――これまで倹約してきたぶん、あれを買いたいとか、こんな体験してみたいということにはなりませんでしたか?

 物欲は、なくはないのですが、結局あれこれ考えてはみるものの、あんまり大したものは買いませんでしたね。家も少しはまともな所に引っ越しましたが、相変わらず中央線の郊外暮らしのままですし、ネットもメールもしないし、携帯すら持っていません。

――では、これであと何年かは売れ行きを心配せずに、好きなように小説を書き続けられると安堵したとか?

 いやそれは全く逆ですね(笑)。どちらかというと、あと何年書き続ければ作家を辞めても一生食べていけるか、という計算が頭をよぎったのですが、現実はそうはいきません。『謎解きはディナーのあとで』については三作は書こうと決めましたが、他の版元さんに対しても、これまでお世話になってきて、もう充分ですから書きませんとは言えませんし。

――となると、『謎解き~』のあとに出されたシリーズは、どのような経緯で誕生したのですか?

 最初に出したのが『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』で、これはマリィという名の魔法使いの少女が登場するシリーズ。通常の状態ならば「ミステリなのに魔法なんてアリかよ」で一蹴されてしまいますが、ディナーがヒットした後なので、今なら書かせてもらえるかな、と。

 次が『ライオンの棲む街』。これは女探偵のバディもので、昔からやってみたかった設定です。そして『純喫茶「一服堂」の四季』。当時、喫茶店を舞台にしたミステリが流行っていましたので、いかにもそれ風の装幀にして、読んでみるとゲスなミステリがしれっと入っていて、読者を欺こうという趣旨です。このあと出した『探偵少女アリサの事件簿』と『かがやき荘アラサー探偵局』は、編集者とのやりとりの中で生まれた物語です。

――読者は新作を期待していますので、『かがやき荘~』も続きを期待しております。最後に、いまアラサーぐらいで、この先の人生に迷っている方に、何かメッセージはありませんか?

 よく聞かれるのですが、僕は作家になってたまたま一発逆転できましたが、若い人には会社は辞めない方がいいですよと言ってます。僕は、勤め人を続けられませんでしたが、もしもう一度人生やり直すのなら、会社は辞めないと思います。いやな事があっても小説を読むなり気晴らしをして下さい。勤め続けられるということは、素晴らしいことだと思います。

新潮社 波
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加