飴屋法水 北海道にいた

レビュー

12
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しんせかい

『しんせかい』

著者
山下 澄人 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103503613
発売日
2016/10/31
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

飴屋法水 北海道にいた

[レビュアー] 飴屋法水

 僕は、山下澄人さんの書いたものを、すべて「震災小説」だと思って読んでいる。「震災」について一言も書いているわけでは無い、にもかかわらず、それでも彼の書くすべては「震災小説」だと。そしてそのことが、最もあらわになったのが、この「しんせかい」だとも。

 山下さんが小説なるものを書き始めたのは、2011年の4月だという。あの大きな震災の約1か月後ということだ。北海道で書き始めたという。以後、すべての小説を彼は北海道で書いている。川崎に住んでるにもかかわらず、北海道でしか彼は書かない。書けないのかもしれない。この「しんせかい」も北海道で書いたという。冬の札幌で。雪が降る中で。

 2011年の震災の、16年ほど前、1995年にやはり大きな震災があった。阪神淡路大震災である。95年の1月だった。当時、山下澄人は生地である神戸に住んでいた。あの大きな地震の朝、彼の住む家は全壊した。

 しかしその時、彼はそこにはいなかった。その時、彼の体は北海道にいた。札幌にいた。1月の寒い札幌にいた。

 しばらくして神戸に帰った。彼は、彼の家を見た。彼の部屋の、寝ていた布団の上を見た。彼の姿は無かった。代わりに屋根が乗っていた。彼は屋根を見ていた。見ること以外のなにができたろう。

 この年、もう一つ大きな事件が起こった。オウム真理教の事件である。1995年という年に、この二つの大きな事件が相次いだことは、2011年に震災と原発事故が連続して起こったことと、同じような強い衝撃を、日本に暮らす誰にも与えた。もちろんこの僕にも。

 彼の小説を読んでいて、そのことを考えたことは今まで無かった。しかし、突然に確信したのだ。「しんせかい」を読んで確信したのだ。彼は、95年に起こったこの二つのことに、16年の歳月を経て、2011年の震災をきっかけに、そうとはわからぬやり方で、ずっと応答しているのだと。

「しんせかい」の中で、スミトは「谷」にいる。北海道にある具体的な場所だ。町だ。しかしスミトは町とは呼ばず「谷」と呼ぶ。地面が揺れると、人が突然、「じめん」と呼ぶように。彼はその「谷」で、神でも、グルでもない、只の人間を、「先生」と呼びながら、2年を過ごした。その時間のことを、今、スミトは静かに思い出している。震災の後で。

 神戸なのに北海道にいた。布団の上には屋根があった。死んではいなかった。まだ生きていた。布団の前に立っていた。布団の上の屋根を見ていた。その時間を思い出している。

「厄災の当事者」とは誰だろう。どこにいるのだろう。当事者は、おろおろと、おずおずと、しかし逃れようもなく、その居所を受け入れるしかない。そのようにして立たされてしまった場所だ。運命と呼ばれる居所だ。

 その場所で、ただ黙って見ているような、彼の居住まいを、受け入れを、ニヒリズムととる向きもあるだろう。諦観だと。しかし彼のこの受け入れは、諦観と呼ぶにはあまりに瑞々しい。なぜだろう。

 彼が受け入れてる「運命」は、常に未知の「偶然」だからだ。布団の上の屋根のようだ。北海道にいた体のようだ。未知なのだから、彼はたえず世界のあらゆるに、驚きと、瑞々しさをもって触れていく。ことをする。

 わかったようでいて、ひとつもわからない、生まれてきたら人間であったというこの運命の、この大厄災の、その真っただ中の当事者として、彼は「震災小説」を書いている。書くことで、ひとつひとつ、彼はその偶然の運命を受け入れていく。静かに肯定する。それが小説にできることだと。

 抗うでもなく、つまらないと溢(こぼ)すでもなく、特別な物語へとすり替えるでもなく、彼は書く。絶えず条理の外にこぼれていく、「生」と呼ばれる厄災を、しかし決して文句を垂れず、神を求めずに生きていく術を。笑いながら生きのびて、偶然に死んでいくやり方を。

 北海道でしか書かないこと、それはただ、昆虫の生態のようなものかもしれない。その心理など測る必要はない。それが虫の生態ならば、虫の不思議を見ていよう。その虫は、そのようにして生きているのであり、そのようにしか生きられない。

「しんせかい」を書きあげた頃、彼は、もうひとつ連載を書いていた。先ごろ、「しんせかい」に先立ち出版された。僕はそれを本屋で見かけた。「壁抜けの谷」というタイトルだった。やはり「谷」だ。単行本の表紙は、その谷で、なにか草の葉の上で、交尾をしている2匹の昆虫の姿だった。

 彼はそうやって応答を続けている。「せかい」へ。

新潮社 波
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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