『アルバート、故郷に帰る : 両親と1匹のワニがぼくに教えてくれた、大切なこと』
- 著者
- Hickam, Homer H, 1943- /金原, 瑞人, 1954- /西田, 佳子, 1965-
- 出版社
- ハーパーコリンズ・ジャパン
- ISBN
- 9784596552037
- 価格
- 1,760円(税込)
書籍情報:openBD
夫婦がワニと旅する物語――それがこんなに面白い
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
見覚えのある名前と思ったら、『ロケットボーイズ』(映画版は「遠い空の向こうに」)で話題になった作家だ。炭鉱町の高校生四人組がロケットを自作する痛快なストーリー。しかし主人公の父親の炭鉱夫だけが彼らの行動を認めようとしない。新しい外の世界を夢見る者と、炭鉱での暮らし以外は考えられない頑固者という構図は、ひと組の夫婦とペットのワニによるロードノベル『アルバート、故郷に帰る』にも通底する。
舞台は一九三〇年代のアメリカ。妻エルシーの愛するワニのアルバートは、彼女が秘書養成学校時代の元カレから貰った結婚祝いで、夫のホーマーは気に障って仕方がない。結局、生まれ故郷のフロリダ州オーランドに帰してやることになり、夫婦はウェストヴァージニアから千キロの波乱の旅に出る。
田舎町に飽き足らないエルシーと、炭鉱夫としての地道な仕事ぶりが評価されてきたホーマー。妻が夫をそそのかして町を出ようとする一方、夫は現状にしがみつく―作者の両親の「実話」を基にしているそうだが、ノンフィクションとフィクションの境は当然ぼやけていく。とはいえ、実在人物が出てくるのもスパイスの一つ。すでに売れっ子のヘミングウェイも出てくる。それから、読み逃してほしくないのが、エルシーの元カレ。オーランド出で、バディ・イブセンという名で、妹とニューヨークで名を上げた役者といえば、あのバディ・イブセンしかいない。「じゃじゃ馬億万長者」で成り上がりの家長を演じていた名優だ。
テントキャンプでは作家のスタインベックと出会い親しくなる。作家志望のエルシーに、スタインベックいわく、自分が「よく知っていると思っていたのにじつは全然知らなかったということはよくある。……きみはどうしてこの旅に出てきたんだい?」。そう、ふたりがなぜ旅に出たか、それこそが本書の語るものだ。21世紀の面白本ベストという訳者の絶賛に違わぬ快作。