『あたらしい名前』 ノヴァイオレット・ブラワヨ著

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あたらしい名前

『あたらしい名前』

著者
ノヴァイオレット・ブラワヨ [著]/谷崎 由依 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784152096241
発売日
2016/07/22
価格
2,376円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『あたらしい名前』 ノヴァイオレット・ブラワヨ著

[レビュアー] 長島有里枝(写真家)

祖国を離れて米国へ

 エチオピアやケニア産のコーヒーを飲みながら考える。ニュースで見聞きするアフリカではしょっちゅう悲しいことが起こっているのに、こんなに美味(おい)しいものが豊かに実る場所でもあるのか。接点が描けないのは、わたしがアフリカを知らないからだ。そんな思いから、二十一世紀のジンバブエで起こったことを題材にしたこの小説を手に取った。

 主人公のダーリンは十歳の女の子。彼女の国では、政治がうまく機能していない。家は壊され、いまはブリキの小屋からなる集落、パラダイスに住んでいる。国はひどいインフレで、米ドルを持つ白人以外は、みんな貧しい。

 学校は閉鎖されていて、バスタード(くそったれ)やゴッドノウズ(神のみぞ知る)という奇妙な名前の友人たちと遊ぶのが日課だ。遊びといっても、飢えをしのぐために白人の豪邸の庭からグァバを盗んだり、十一歳で妊娠したチポの命を救うために「ER」(アメリカの医療ドラマ)ごっこをしたり、NGOに写真を撮らせておもちゃのピストルを貰(もら)ったりする。いつか叔母を頼って国を出るのが、ダーリンの夢だ。

 念願叶(かな)って、デトロイトで叔母一家と暮らし始める。ダーリンはアメリカは豊かだが自分の場所ではないと感じる。しかし、ビザの切れた彼女は国に帰ることができない。二つのアイデンティティの間で揺れ動きながら成長するダーリンは、やがて思った以上に祖国から遠ざかってしまった自分に気づく。

 ジンバブエ出身の著者も十代でアメリカに渡り、政情が不安定な祖国に帰れなかった経験を持つ。ダーリンの心情描写がリアルなことと無関係ではないはずだ。美しい比喩とリズミカルな文体を駆使して描かれる日々の営みは、悲しいニュースに映る匿名の人々にも名前や家族があり、夢があり、生きている今日が、「可哀想(かわいそう)」じゃない瞬間が、人間の、当たり前の尊厳としてあるのだと教えてくれる。谷崎由依訳。

 ◇NoViolet Bulawayo=1981年、ジンバブエ生まれ。米コーネル大で創作の修士号を取得した。

 早川書房 2200円

読売新聞
2016年10月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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