『上流階級 富久丸百貨店外商部Ⅱ』刊行「一粒で何度でもおいしい」 高殿円の世界

レビュー

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上流階級

『上流階級』

著者
高殿円 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911256
発売日
2016/10/17
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『上流階級 富久丸百貨店外商部Ⅱ』刊行「一粒で何度でもおいしい」 高殿円の世界

[レビュアー] 中野稔

 お仕事小説の面白さは知らない世界をのぞかせてくれるところにある。テレビドラマ化もされた小説「トッカン 特別国税徴収官」でそれまで取り上げられることの多かったマルサ(国税局査察部)ではなく国税局徴収部に光を当てた著者が、「上流階級 富久丸百貨店外商部」シリーズで舞台としているのは、個人宅や会社まで出向いて商談をする百貨店の外商部。ほとんどの人が百貨店に行ったことはあっても、外商を利用したことがある人はほんの一握りだろう。いつもはベールに覆われた世界の様子が描かれているのだから、面白くないわけがない。

 しかもタイトルが示しているように、百貨店外商部が相手にするのはいわゆる上流階級。こちらもまた、そこに属さない人々にとっては神秘の世界であり、どういった生活をしているのかと、ついつい関心を持ってしまう。かくいう自分も東京・田園調布のプール付き豪邸や兵庫・芦屋の高い壁に囲まれた家を見て、どんな人が住んでいるのだろうと想像をめぐらせたことがある。フィクションではあるが、この作品はそうした人々の好奇心を刺激する上流階級の「生態」を明らかにしている点でも興味深い。

 主人公は老舗デパート、富久丸百貨店芦屋川店の外商部に突然異動となった37歳の女性、鮫島静緒(さめじましずお)。高校2年生のときに父を事故で失い、製菓の専門学校を卒業した彼女は、兵庫・三木の洋菓子店を経て、富久丸百貨店の契約社員となる。洋菓子のバイヤー(買い付け係)、店舗リニューアル担当として実績を残して正社員に。一方、プライベートでは同僚と結婚するが、働く意味を理解しないしゅうとめとの不和などもあって離婚。バツイチの独身、バイトからのたたき上げという苦労人のアラフォー主人公が、芦屋川店全体の売り上げの3割をたたきだす外商部で、唯一の女性部員として奮闘する。ノルマは月1500万円なり。

 主人公の同僚や友人がバラエティーに富んでいるのも楽しい。まずは静緒と同時期に外商部にやってきた29歳の桝家修平(ますやしゆうへい)。資産家一族の三男で、英国留学の経験がある。「本店王子」の異名を持つ幹部候補生で、女子店員からモテモテだが、本人はゲイのため、女性に恋愛感情を持つことはない。静緒と初めて会ったシーンが彼のリッチぶりと皮肉屋の性格をよく示している。

「本部長がバイトから正社員にまでしてやった愛人の女がいるって聞いたから、てっきりすごい美人だと思ってたのに」。そんな暴言をはいて、怒った静緒からミラ・ショーンのオーダーシャツにコーヒーをかけられてしまう。しかし彼は少しも慌てることなく、グッチのシャツを持ってきてもらうように手配し、着ていたシャツはさっさと捨ててしまう。そうした最悪の出会いにもかかわらず、2人は恋愛感情とも友情とも違う、不思議な関係を育んでいく。

 静緒の実力を認めて引き立てる本部長(本部の販売促進部長)の紅蔵忠士(べにくらただし)、外商部の課長でヨイショ上手の邑智(おおち)、やり手の不動産会社支店長に転じた製菓学校の同期でオネエの金宮寺良悟(きんぐうじりようごら)、取り巻く人々はいずれもキャラが立っている。中でも強い存在感を示すのが、退職を控えたカリスマ外商員の葉鳥士朗(はとりしろう)。上質な仕立ての服に身を包み、手にはステッキ代わりの傘を持つ。顧客の篤い支持を得ていた葉鳥の跡を引き継ぐため、静緒、桝家らは奔走することになる。

 顧客からのどんな難しい注文に対しても「それはできません」とは言わないのが外商のモットー。就職する孫のためにロレックスとオメガの腕時計をぽんと買ってくれる地主夫人のようなありがたい顧客がいる一方で、普段から辛口の歯科医院夫人はクリスマスに超人気パティシエのオリジナルケーキを要求してくる。タイ人の高級車ディーラー社長が急死したときには、タイ式の4日間の葬儀を手配するなど、外商はモノを売るだけでなく、顧客の冠婚葬祭にも関わる。「さもありなん」とリアリティーを感じさせるのは、著者が関係者に綿密に取材した成果だろう。

 葉鳥の勧めにより、芦屋の豪華マンションに桝家とルームシェアする形で住み始める静緒。「客を育てろ」という外商の鉄則に従い、32歳の元高校教師に外商口座を作ってもらう。まもなく彼女は暴力団幹部の愛人であることが分かるが、上司の邑智との相談の上、関係を維持することを決める。招待状を出していない札付きの顧客がお得意様向けの特選貴賓会(特賓会)にやってきたときは得意の格闘技カポエイラを生かし追い払う。そして静緒、桝家の双方にとってあこがれの存在である葉鳥が、理由も告げないままイタリアのミラノに旅立ったところでシリーズ第1作は終わった。

 この第1作は題材の面白さなどが評価され、フジテレビ系でドラマ化されている。静緒を竹内結子(たけうちゆうこ)、桝家を斎藤工(さいとうたくみ)がそれぞれ演じた。

 静緒が外商になって1年後を描いたシリーズ第2作は、桝家が16歳の誕生日、実母の吹雪四季子(ふぶきしきこ)から「あなた養子に行きなさい」と言われた過去のエピソードから始まる。いつもお手伝いさん任せで、めったに料理をしたことのない実母が珍しく作った、色の濃すぎる筑前煮とともに、その記憶は桝家の脳裏に刻まれた。そのプロローグが示すように、第2作は仕事一筋に生きる静緒の物語であると同時に、上流階級に生まれながら性的マイノリティーであるがゆえの生きづらさを持つ桝家の物語でもある。

 最初は角突き合わせる仲だった2人だが、いつしか共同生活はうまくいくようになっていた。そこに突然やってきたのが桝家の実母である四季子。彼女の乱入によって、静緒は桝家の複雑な家庭の事情を知る。どこか孤独を感じているのは、バツイチ・独身で仕事だけが生きがいである静緒も同じ。静緒と桝家という「疑似家族」を通じて、「普通」に生きるとはどういうことかを、静かに問いかける。桝家の新人時代の教官にして元彼氏、バイセクシュアルの堂上満嘉寿(どうじようみつかず)という新しいキャラクターが登場したのも、その流れとも読める。

 百貨店外商と上流階級の世界に光を当てるというこのシリーズの魅力は、第2作でももちろん健在。火災に遭った所有マンションの空き部屋問題に悩む元豪腕石油マン、学校生活に興味を持てない孫を心配する歯科医院の院長夫人、「私が欲しいモノを持ってきてくれるのなら、そのときは喜んであなたの顧客になるわ」と挑発するセレブ専門の結婚相談所運営会社の女性社長……。顧客から持ち込まれる様々な難題に向き合ううちに、静緒は単にモノを売るだけでなく、形のないものも提供するという独自の外商のあり方を探るようになっていく。この辺りも第2作の読みどころの一つだ。

 高校教師から暴力団幹部の愛人になった顧客の女性にも変化が訪れる。第2子を身ごもったのだ。第1子は幹部の妻に迫られ、先方に渡してしまったが、第2子はどうしても自分の手元に置きたいという。さて静緒に何ができるのか。そもそもそれは外商の仕事なのか。迷った末に彼女がとる行動は「えー、そんなことまでするの」と思わせるほど大胆だ。

 時に現実離れしていると感じさせることはあっても、ディテールへの目配りが小説のリアリティーを裏打ちしている。例えば桝家はフランスの紳士ブランド「アルニス」を偏愛している。アルニスは2012年にLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンに買収され、再出発を果たしたが、桝家が好むのはビンテージ品だ。彼が初めて買ったアルニス製品は、シルクの光沢と派手な紫とグリーンのボタニカル柄が特徴的な裏地のボルサリーノ帽。16歳で養子に行くのと引き換えに入手したものだ。こうしたエピソードを読むと、百貨店に勤務するファッション好きの青年の姿が目の前に立ち上がってくるような気さえする。

 繰り返しになるが、「上流階級」シリーズはお仕事小説であり、あまりなじみのない世界をリアルに描いている点が最大の魅力である。しかし、それだけにとどまらない。主人公の静緒が次々と難関に挑んでいく成長小説でもあり、桝家の家庭や静緒と桝家との関係などを考えれば一種の(疑似)家族小説と読むこともできる。いわば一粒で何度もおいしい作品だ。別の言い方をすれば、読む人それぞれによって味わい方が異なる作品となる。

 シリーズ第2作は、それまでほとんど出番のなかった葉鳥がミラノから帰国したところで終わる。ただ、シリーズが続くのは間違いないと思われる。静緒が改革を提案した外商の催事がどうなっていくのかもまだ書かれていないし、結婚相談所を運営する女性社長との関係がどう進展していくのかも分かっていない。葉鳥が若い頃に外商の基本をたたき込まれた恩人の娘で、今は静緒が担当する芦屋・六麓荘(ろくろくそう)在住のVIP、清家弥栄子(せいけやえこ)のこれからも気になるところだ。

 恐らくこれからも静緒のもとには、一筋縄ではいかないセレブたちが登場して、次々と難しい注文が押し寄せるのだろう。でも、ひとつひとつクリアしていくに違いない。それは彼女が単に強いからというより、人は環境によって左右されざるをえないという、ある意味での人間の弱さを知っているからではないか。その頑張る姿はきっと読者を元気づけるに違いない。

高殿円(たかどの・まどか)
1976年兵庫県生まれ。2000年「マグダミリア 三つの星」で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。ライトノベル界で大人気を博した後、『トッカン 特別国税徴収官』をきっかけに一般文芸でも注目される。漫画原作やドラマ・映画・舞台化した複数の人気シリーズがあり、井伊直虎を描いた初の時代小説『剣と紅』も話題となる。

中野稔(日本経済新聞文化部編集委員)

光文社 小説宝石
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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