学習塾と家族『みかづき』森絵都

レビュー

3
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みかづき

『みかづき』

著者
森 絵都 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087710052
発売日
2016/09/05
価格
1,998円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

学習塾と家族『みかづき』森絵都

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 自分が中学生くらいの頃の有名塾といえば、四谷大塚だったなあ……などと振り返らずにはいられないのが、森絵都『みかづき』。著者にとって最長となるこの大作は、塾業界に関わった家族三代の昭和から平成の現在にいたるまでの物語だ。

 千葉県、習志野市の小学校の用務員の大島吾郎はよく児童になつかれ、勉強を見てやっているうちにそれが評判に。保護者の一人、シングルマザーの赤坂千明から一緒に学習塾を開こうと打診されて逆らいきれず、八千代台で事業を開始する。時は昭和三十六年。まだ学習塾は認知度が低く、周囲からは「子どもを食いものにしている」「受験戦争を煽るだけ」と非難の目で見られることも。しかしベビーブームのただなかで、次第に彼らは子を持つ親たちに受け入れられていく。

 当時の塾の性質は、復習中心の補習塾だったが、受験を意識した進学塾の台頭にあわせ、自分たちもそちらに方向転換しようと提案する千明と、それに反発する吾郎の溝は深まる。彼らはすでに結婚し、千明の連れ子を含め三人の娘の親となっているのに。

 その娘たちもやがて教育に携わることになるが、長女の蕗子は教員に、次女の蘭は少女のうちから親の塾経営に口を出すなど方向性はまったく異なる。この大島家の人々の人生模様も読みどころだ。

 長い期間を描くため、国の教育制度がその場その場で方針を変え、文部省と塾業界の関係にも変遷があったことがよく分かる。また、孫の一郎が直面するのは子どもの貧困問題で、彼は塾に通う費用もなく、受験で公立に合格する学力もない生徒のサポートに尽力する。これは現実的な問題を突きつけられる思いがした。この国の在り方をユニークな角度から浮かび上がらせる、熱く感動的な長篇だ。

光文社 小説宝石
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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