刑務所の読書会が受刑者たちにもたらした変化 本格派ノンフィクション

レビュー

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プリズン・ブック・クラブ――コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

『プリズン・ブック・クラブ――コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』

著者
アン・ウォームズリー [著]/向井和美 [訳]
出版社
紀伊國屋書店
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784314011426
発売日
2016/08/29
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

受刑者たちと自身の変化を見つめた本格派ノンフィクション

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 刑務所での読書会なんて、いかにも涙をさそうストーリーが用意されていそうだが、これは感動ポルノではない。ボランティアとしてカナダの刑務所の読書会にかかわったフリーランス編集者が、受刑者たちや自分自身の身に起こったささやかな変化を静かな文章で書いた、本格派のノンフィクションである。

 著者は友人に誘われて参加したのだが、それには高いハードルを越えなければならなかった。過去に路上で強盗に襲われ、首を締められたまま宙づりになって意識を失うという体験をしていたのだ。立ち直るには長い時間とさまざまな努力が必要だった。刑務所で全身タトゥーの男たちに囲まれたら、あの恐怖がよみがえるだろう。

 しかし著者は勇気を出して刑務所に行ってみる。受刑者たちに会い、話を聞くうちに、偏見と恐怖が融けていく可能性に賭けたのである。

 刑務所では、たいてい派閥同士が対立している。ムスリム、先住民族、ヒスパニックなどなどのグループはどれも排他的だ。しかし、課題本をみんなが読み全員が感想を発表しあう読書会では、派閥の壁がゆるみ、「素の自分」が出やすい。少数派の意見を口にして集中攻撃を受けても、ひるまずに個人的な感想を説明できるようになれば、受刑者は自信と尊厳を取り戻せる。

 教養など一生無縁みたいに見えた受刑者たちは、小説家にするどい質問を書き送ってまじめな返事をもらったり、「その場しのぎの、ただおもしろいだけの小説にはもう興味がない。著者がなにを考えてるか、どんな言葉を使ってるか、どんな語り口で表現してるかを知りたいんだ」と言うまでになる。本から収穫を得るすべを知ったのである。

 刑期を終えれば彼らは、差別と不運に満ちたもとの日常に帰っていくだろう。でも、彼らはすでに「本を読む人」となった。それはドラマティックな救いではないが、心のともしびではありうると思う。

新潮社 週刊新潮
2016年11月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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