“まこと(真実)”を語る姫様人形が、謎を解き心を癒やす

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まことの華姫

『まことの華姫』

著者
畠中 恵 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041046432
発売日
2016/09/28
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

“まこと”を語る姫様人形が、謎を解き心を癒やす

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 畠中恵は、古道具屋兼損料屋(レンタルショップ)を営む姉弟が、妖怪になった古道具の助けを借りてトラブルを解決する〈つくもがみ〉シリーズなど、江戸の珍しい職業や風俗に着目した時代小説を発表している。両国の見世物小屋で人形を遣った芸を見せる月草と、両国を仕切る山越の親分の娘お夏が奇妙な事件に挑む『まことの華姫』も、丹念な考証で盛り場として賑わった両国の実情を浮かび上がらせており、江戸情緒が満喫できる作品となっている。

 月草は、大きな木製の姫様人形のお華(華姫)を相棒にした軽妙で少し毒舌な話芸(現代でいえば腹話術)で人気を集めていた。お華の目には、徳の高いお坊様が掘り、問いを投げ掛けると答えが返ってきたという井戸から出てきた玉が使われていて、お華も真実を話すと噂されている。

 第一話「まことの華姫」は、姉のおそのの死に疑問を持ったお夏が、月草・お華と真相を調べる物語である。おそのは、親が決めた縁談と恋人との板挟みになっていた頃に川に落ちて死んだので、お夏は自死を疑っていた。現場に行ったお夏たちが、小さな違和感から推理を始めると、事件とは無関係に思えた描写が実は重要な伏線になっていたことも明かされるので、驚きも大きいのではないか。

 続く「十人いた」は、我が子を捜す親の物語である。柳原の親分は、七年前、火事から逃れる途中で、幼い息子と娘を見失った。改めて我が子を捜し始めると、候補になる少年少女が十人も現れた。お夏たちの調査で、一人また一人と子供たちが候補から外れていくところは、良質な“犯人当て”となっている。柳原の親分は、十人の中でもお気に入りの竹市坊こそが我が子と考えるようになる。この親の愛が、捜査を混乱させる展開は、せつなさも募る。

「西国からの客」は、景気の悪化という現代でも深刻な問題が事件の発端となっている。大坂の青糸屋の若だんな銀治郎と妻のお徳、手代の新三が、頼まれていた縁談をまとめるため江戸へ来た。銀治郎は堂島米会所の相場師だったが、大坂を襲った流行病で景気が悪化したため、多額の持参金を必要とする青糸屋の婿になった。その直後、青糸屋の嫡男・武助が姿を消したので、銀治郎たちの江戸行きには武助を捜す目的もあったのだ。お華は銀治郎たちが武助に会えると語るが、何と武助が三人も現れるのである。

 お華が、娘役が出世する新作芝居について話した。それを聞いたある客が、娘が武家奉公すれば出世できるとのお告げだったと考え、奉公先が決まったのでお礼に来たという「夢買い」は、この発端が武家を巻き込む大騒動へと発展する意外性が面白い。そして最終話「昔から来た死」では、月草が、隠していた自分の過去と向き合うことになる。

 人形は古くから子供のおもちゃや鑑賞用、人形芝居などに遣われる身近な存在だったが、他人に見立てて呪いをかけたり、自分の身代わりにして災厄から逃れたりする呪術的な力があるとも信じられてきた。その意味で、舞台で月草の相棒を務める一方、真実を語るとされるお華は、人形の果たしてきた役割を凝縮したキャラクターといえる。

「まことの華姫」なる二つ名が示す通り、お華は常に“まこと(真実)”を口にする。だが“まこと”が、人を幸福にするとは限らない。例えば、自分の悪い噂を聞いたとする。当然ながら誰が噂を流したか知りたくなるが、犯人を捜して詰問するよりも、第三者に間に入ってもらってソフトランディングさせた方が、人間関係がうまくいく時がある。お夏と月草も、お華が話す“まこと”を当事者にぶつければ事件が解決するとは思っていない。いつも誰も傷つけず事態を丸く収める方法を模索しているので、謎解きのスリルと心温まる人情が見事に結び付いているのだ。

 本書に収められた五作は、喧嘩と並び江戸の“華”とされる火事が関係する事件が多い。すべてを焼き尽くし、被災者の生活を変える火事は、予測のつかない人生や次々と襲う困難の象徴のように思えた。力を落とした人たちを救うことで、自らも成長し、新たな一歩を踏み出す月草とお夏の活躍は、すべての読者に希望を与えてくれるだろう。

KADOKAWA 本の旅人
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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