『西行はどのように作られたのか』 花部英雄著

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西行はどのように作られたのか

『西行はどのように作られたのか』

著者
花部 英雄 [著]
出版社
笠間書院
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784305708052
発売日
2016/08/10
価格
3,564円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『西行はどのように作られたのか』 花部英雄著

[レビュアー] 高野ムツオ(俳人)

各地の伝承を考察

 ややこしい言い方だが、本書は西行について述べたものだが、実在の西行を対象としたものではない。西行をモデルとして伝承されてきた昔話、伝説、歌などについて歳月を費やし詳細に考察した書である。そして、その文化の背景を探り、民衆のダイナミズムに迫ったものだ。

 西行は、中世の傑出した歌人である。しかし、また別のイメージの西行も全国各地に流布し、語り伝えられてきた。その形態は歌人、旅僧、ときには職人として場所や場面を違え、多様多趣であった。例えば、諸国行脚の途中で出合った子供や若い女となぞ問答や歌問答を交わす。しかし、西行はなすすべもなく負けて立ち去る。「西行は西に行くと書くが、東に来るとはこれ如何(いか)に」と問い詰められるといったパターンである。そうした笑い話が西行が訪れたはずのない土地にまで長く語り継がれてきた。渡り職人は「サイギョウ」と呼ばれ、民間信仰として「西行泡子塚」が信じられてきたのだ。それらを踏まえて著者は、こうした多岐にわたる伝承形態は西行以外に見当たらないと指摘する。その理由は、西行がエリートの出自であること。そして、詠んだ歌の通り、釈尊涅槃(ねはん)の日に死を迎えたことなど、信じがたいエピソードを数多く残していることがまず上げられよう。漂泊の人でもあった。それゆえしばしば蓮如や親鸞などと混同され、さまざまな逸話を各地に残すことにもなった。そうした偶像西行が旅の酔狂な法師などに仮託され、長い時間を掛けてイメージが醸成されてきたのである。中世以降の民衆の抵抗エネルギーが伝承西行を生んだともいえようか。いわば西行は好適のゴシップネタであった。

 メディアの発達した現代では偶像は同時代の人間によって形成される。未発達の時代にあっては長いスパンを経て、時代時代、地方地方の民衆の価値観を投影しながら形成される。そして、そこに日本独特の大衆文化の一つの姿が映し出されてくるのだ。

 ◇はなべ・ひでお=1950年、青森県生まれ。国学院大学教授。著書に『漂泊する神と人』『昔話と呪歌』。

 笠間書院 3300円

読売新聞
2016年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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