『オライオン飛行』 高樹のぶ子著

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オライオン飛行

『オライオン飛行』

著者
高樹 のぶ子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062202442
発売日
2016/09/27
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『オライオン飛行』 高樹のぶ子著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

秘められた真実求めて

 一九三六年、佐賀と福岡の県境に位置する背振山に赤いプロペラ機が墜落した。乗っていたのはパリ―東京間の懸賞飛行に挑戦中だったフランス人飛行士アンドレ・ジャピー。辛くも一命を取り留めたジャピーは地元の人々に救出されて病院に運ばれる。時は流れて八十年後、療養中のアンドレと担当看護師の久美子を病室で捉えた一葉の写真を眺める若い女性がいる。彼女の名はあやめ、スフレケーキ職人の若い女性だ。久美子の弟の孫娘にあたり、元々はアンドレの持ち物だった懐中時計も今は彼女の手にある。大伯母と外国人飛行士との間には何があったのか? ロマンチックな興味から、あやめは近所で古い時計店を営む一良と共に秘められた過去の真実を追い求める旅に出る……。

 久美子の日記から明らかになる病室の恋物語は、生まれて初めて一人の人間を愛する経験の喜びと驚き、そして避けられない痛みに満ちている。互いの母国語を理解できない久美子とアンドレは、互いの目の表情や沈黙、秘密のジェスチャーを通し、すべての感覚を研ぎすませて体ごとぶつかりあった。言葉の通じない相手に「セツナイ」という気持ちを伝えるために、人は一体何ができるだろう? そして今はこの世に存在しない過去の人々の物語は、未来に生きる私たちをどう変えるのだろう?

 久美子とアンドレの過去を追うあやめと一良は、少しずつ自分の人生が変わりつつあることを感じている。さらに終盤、彼ら自身が運んだ物語がある一人の人間の人生を変える。時には真実よりも、丹念に想(おも)われ語られた「物語」こそが人の心をスフレケーキのように豊かに膨らませ、止まっていた時計の針を動かすように新鮮な感情を目覚めさせるのだ。旅を終えた二人が帰路の機内の窓から目にしたオライオンの星の輝き――そこにはそんな魔法の瞬間を秘めた未知の物語に焦がれ続ける、人類の尽きない恋心が結晶しているのかもしれない。

 ◇たかぎ・のぶこ=1946年、山口県生まれ。「光抱く友よ」で芥川賞、「トモスイ」で川端康成文学賞。

 講談社 1600円

読売新聞
2016年10月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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