「欧州の頭脳」が混迷の時代を読み解く

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アタリ文明論講義

『アタリ文明論講義』

著者
ジャック・アタリ [著]/林 昌宏 [訳]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784480097514
発売日
2016/09/07
価格
1,080円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「欧州の頭脳」が混迷の時代を読み解く

[レビュアー] 林昌宏

 本書は、フランスで出版された Jacques Attali, Peut-on prvoir lavenir? (Fayard, 2015)の全訳だ。タイトルを翻訳すると、「未来は予測できるか」となる。

 著者のジャック・アタリはこれまでに、ソ連崩壊、エリート層のノマド化、スマートフォンやタブレットなどの「オブジェ・ノマド」の爆発的流行、ビッグデータの活用による監視型社会の到来、世界金融危機の勃発などを、いち早く正確に予測した。欧州知識人の間では、アタリは予言者扱いされており、世界が動揺するたびに皆が意見を求めに行く。

 それは日本でも同様だ。ヨーロッパ発の大事件があるたびに、日本のメディアはアタリのもとを訪れる。つい最近も、パリ同時テロと大量移民問題を受けてNHKBS1スペシャル「ジャック・アタリが語る──混迷ヨーロッパはどうなるのか?」(二月二七日放映)に出演、イギリスのEU離脱騒動時には日経新聞「離脱・残留ともEU試練」(六月二一日付)、同日付読売新聞「離脱なら容赦しない」に登場し、翌々日のEU離脱派勝利の結果を見越したコメントを残している。

 数々の予測、警告を的中させてきた人物が、未来予測そのものをテーマに何を語るのか? 本書の第1章から第3章では、予測する能力と方法の歴史を古代から現代までたどる。歴史上、権力を握ってきたのは、予測ができる人物、予測能力があると周囲を信じ込ませた人物、あるいは予測できる人物を配下に置く者だ。未来を見通せる者は指導者としてのカリスマを手に入れ、未来を読み誤ればカリスマを失う。つまり予測の歴史は、宗教、政治、経済をめぐって展開された権力史、そして文明史にぴたりと重なる。文明の浮沈、盛衰は、つねに先を読む力に左右されてきたのだ。

 近代社会への移行も、この予測力を民衆が手に入れることによって実現した。科学がもたらした予測可能な世界で、民衆は多くの自由を勝ち得てきた。そうして今日、予測にコンピュータが欠かせない時代が到来した。ビッグデータを利用する分析は、われわれの社会のあらゆる側面におよび、現代文明で猛威を振るっている。気づけばどこにそれが活用されているかすら、われわれにはわからない。その力は一体誰が手にしているのか。この目に見えない権力の存在はきわめて不気味だ。いまや権力は政治組織でなく、金融業界や保険会社が握っているのかもしれない、とアタリは示唆する。

 では、ビッグデータとコンピュータに予測力を奪われた世界で、われわれに何ができるのか。ここからがアタリの真骨頂だ。

 ビッグデータによる統計予測はあくまで集団として見た場合の数値、確率でしかない。一個人にとって、ある事象の起こる確率がわかっても、あまり意味がない。自分の人生を左右する出来事は、起きるか起きないかの二つに一つだからだ。未来は確率によって決まっているわけではない。あくまで選択権はわれわれの手中にある。だからこそ、われわれ一人一人が未来を自分自身で思い描き、予測しなければならないと、アタリはくり返し主張する。

 日本語版に寄せられた序文でも、「(予測の)他人まかせは、自分自身を単なる統計の対象に貶めること」だと警告する。「自分自身で予測できなければ自由になれない。自由になるとは、自分自身で予測すること」なのだ。

 本書の第4章に、予測の具体的な方法論が語られ、彼自身が日々試みている確認項目が列記される。ぜひそれらを実践してみてほしい。実に考え抜かれたものであるとわかるはずだ。

 アタリは、「人々の類まれな運命は、驚くべきことに過去よりもむしろ未来によって結びついている」と言う。これは平和を切に願うメッセージに聞こえる。確率がどうあれ、われわれには望ましい未来を選ぶことはできる。それを明らかにしたのが本書の意義である。

ちくま
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

筑摩書房

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