『『あしたのジョー』とその時代』
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『あしたのジョー』とその時代 森彰英 著
[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)
◆ハングリーに実存を問う
一九六八年はフランスの五月革命に代表されるように、学生の反乱が世界を席巻した年だが、歴史学者ウォーラーステインによれば、まさにこの年、近代の世界システムの不安定化、すなわちポストモダンの時代が始まった。
このとき日本では、戦後マンガが一つの頂点を迎えていた。「週刊少年マガジン」で『巨人の星』と『あしたのジョー』が同時に連載され、日本中で熱狂的な人気を博したのだ。
しかし、この二つのマンガは対照的だった。『巨人の星』が日本の高度経済成長を背景にどこまでも高みをめざす上昇志向を体現していたとすれば、『あしたのジョー』は、そうした時代からとり残された人々の孤独な魂の飢餓を描きだしていた。
世界的に右肩上がりの経済が失効したいま、『巨人の星』の神話は色あせたが、『あしたのジョー』はいまだにリアリティを失わず、私たちの心を強く引きつけるものをもっている。
本書はその『あしたのジョー』の魅力の源泉を探るべく、一九六八年前後の時代に戻って、様々な角度からこのマンガを検討したものだ。
第一章は『あしたのジョー』の物語のまとめで、その中心には、少年マンガに珍しい<死>の主題があると論じる。死を前にした人間の実存という哲学的問いがこのマンガの興味の中心なのだという指摘には深く頷(うなず)かされる。
第二章は『あしたのジョー』が連載された時代の日本の社会史をたどり、そこに作者自身の女性週刊誌記者としての個人的な経験を織りこんでいく。『あしたのジョー』の時代の日本の姿が生々しく甦(よみがえ)る。
第三章以降も、「少年マガジン」の編集の変遷、アニメ版『あしたのジョー』の製作経緯、原作者・梶原一騎の生涯、マンガの舞台になった山谷と後楽園ホールのルポという具合に、多彩な切り口で読ませる。その根底にあるのは、いまはもう失われたハングリーな時代への作者の熱い思いなのだ。
(北辰堂・2052円)
<もり・あきひで> フリージャーナリスト。著書『東京 1964-2020』など。
◆もう1冊
『ちばてつやが語る「ちばてつや」』(集英社新書)。『あしたのジョー』などをヒットさせた漫画家が作品への思いや秘話を語る。