中条省平は『辺境で』『銃座のウルナ』を読み、なぜ伊図透がいままで話題にならなかったのか不思議に思う

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辺境で = On the Frontier : 伊図透作品集

『辺境で = On the Frontier : 伊図透作品集』

著者
伊図, 透
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784047340091
価格
858円(税込)

書籍情報:openBD

銃座のウルナ = Ulna at the Emplacement 1

『銃座のウルナ = Ulna at the Emplacement 1』

著者
伊図, 透
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784047340084
価格
759円(税込)

書籍情報:openBD

中条省平は『辺境で』『銃座のウルナ』を読み、なぜ伊図透がいままで話題にならなかったのか不思議に思う

[レビュアー] 中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)

中条省平

 伊図透のマンガが2冊、同時刊行されました。長編『銃座のウルナ』の1巻目と、短編集『辺境で』です。ともに独創的な仕上がりです。
 しかし、じつはそれまで伊図透を知りませんでした。そこでさかぼって、『ミツバチのキス』(全2巻)、『おんさのひびき』(全3巻)、『エイス』(全3巻)というほかの作品を読んで驚嘆し、このマンガ家を知らなかったことを恥じました。どうしてこれほど優れた作家がいままでそんなに話題にならなかったのでしょうか? 不思議です。
 まずは『辺境で』から。
 表題作は、シベリアあたりと思しい辺境での鉄道建設を題材にした物語で、ロバート・アルドリッチとかリチャード・フライシャーとかサミュエル・フラーといったハリウッドの筋金入りの職人監督を連想させる男性的アクションのタッチが素晴らしい! 主人公の顔までアーネスト・ボーグナインみたいなのです。
 巻末の「NO TITLE」も、よく似た顔の主人公が登場する鉄道もので、伊図透自身が『鉄道員』にそっくりだと述懐していますが、そんなことはない。『鉄道員』は女性的感傷に濡れていますが、こちらはハードボイルドに乾いて侠気があふれています。もちろん、「NO TITLE」の勝ちです。
 この2作を通じて明らかになるのは、北方の酷薄な風土への作者の偏愛です。長編新作『銃座のウルナ』で描かれるのは、まさに吹雪が荒れ狂う北方的風土です。内容は、女兵士たちが異形の生物と戦う戦争S​Fで、今後どう展開するのか、全然予測がつきません。すごく楽しみです。
 短編集『辺境で』には、こうしたアクション路線とは対照的に、小学生の男女を主人公とするユーモアと苦い抒情にみちた作品も数編収録されています。こちらの路線は、長編『おんさのひびき』と密接につながっていて、マコとかカコと呼ばれるヒロインを中心に、子供たちのビルドゥングスロマン(成長物語)の様相を呈しています。
 『辺境で』冒頭の短編「STEEL BLUE」はそのカコらしき女性が美大に進んで卒業制作の鉄鋼のオブジェを作る話のように見えます。
 伊図透のマンガ世界は、北方の風土で展開する男性的アクションと、汚れた世の中でイノセンスを保ちつつ生きる少女や少年の成長物語の2極に引き裂かれているようです。
 そういえば、処女作『ミツバチのキス』は、人の心が読める超能力を備えた娘が、その能力を封印して生きようと苦闘する物語で、世界大国の戦略やカルト教団まで登場する話のスケールの大きさと釣りあいがとれず、中断してしまいました。
 その後の『エイス』も世界の未来を描く近未来S​Fですが、アクションを担うスティーヴ・マックイーンかルパン三世のような主人公は、少年期の友情という失われたイノセンスの記憶に呪縛されています。この2極分裂は物語の混乱を招くと同時に、マンガ世界の豊かなカオスをも生みだしていて、そこが伊図透の才能の端倪すべからざる大きさのゆえんなのです。

 ***

『辺境で』『銃座のウルナ』
伊図透は東京都出身の漫画家。2006年、「BLUE SKY BLUE」で第49回ちばてつや賞一般部門大賞を受賞(当時のペンネームは渡辺英)。本文で取り上げられた両作品とも版元はKADOKAWA/エンターブレイン。『辺境で』は842円。『銃座のウルナ 第1巻』は745円

太田出版 ケトル
VOL.31 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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