『戦後東京と闇市』 石榑督和著

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戦後東京と闇市

『戦後東京と闇市』

著者
石榑督和 [著]
出版社
鹿島出版会
ISBN
9784306073289
発売日
2016/09/15
価格
5,832円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『戦後東京と闇市』 石榑督和著

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

複雑な復興過程に挑む

 1947年5月、医学生でありながら作家修業を続けていた山田風太郎は新宿駅西口に立ち寄る。「安田朝信主催のラッキー・ストリートの新憲法記念祝賀会の野天舞台」をのぞくと「広場に群衆黒山のごとくなるを見」たと日記に書いた。界隈(かいわい)の闇市を仕切るテキ屋の安田は、新宿区議会議員であった。物資豊富な盛り場で、庶民のエネルギーに充(み)ち満ち、容易ならざる権力関係が張り巡らされた闇市。ここに新鋭の都市史研究者が挑む。東京の代表的な国鉄(JR)と私鉄の乗換駅、新宿、池袋、渋谷である。全体を大きく見渡し、細部をとりだして積み重ねる。

 駅周辺は「交通疎開」として空襲による類焼を防ぐため空地になっていた。そこを中心に、敗戦直後から闇市が形成された。やがて戦災復興のため土地区画整理事業が実施され、個々の営業者は別の地区に移る。新宿ゴールデン街や渋谷駅「しぶちか」が移転先の例である。

 著者は、区画ごと、地区ごとにどのように整理がなされ、移転が進んだかを、あたかもピンセットでサンプルを拾い上げるようにすくい取り分類していく。黒地の頁(ページ)に色分けされて周到に作成された多数の地図を見ると、都市の変化は一目瞭然だ。風景だけを見渡せば、焼け跡からのたくましい復興過程である。だが著者が発見したのは、「戦災はすべてを焼き尽くし、戦前の痕跡を消してしまったわけではない」ことだ。都の管理下か、民有地か、駅舎建設予定地かといった戦前からの権利関係や都市計画が復興過程を枠づける。さらに駅舎の再建過程では、民間資本を導入した商業施設を含むターミナルビル建設が本格化する。度重なる計画変更の末に建設された新宿ステーションビルは今ルミネエスト。大資本と闇市の営業者との対立と妥協を経て、あの駅のにぎわいが成立したのである。「都市を知るとは街路を知ることだ」とはよく言われるが、「駅を知る」ことでもある。専門書ながら読ませる本だ。

 ◇いしぐれ・まさかず=1986年生まれ。明治大助教。共著に『盛り場はヤミ市から生まれた・増補版』など。

 鹿島出版会 5400円

読売新聞
2016年11月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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