日本人の読書スタイル「読書通史」を描く
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
長い歴史を通じて、日本人はどのように本を読んできたか。驚くことに、わが国に「読書通史」は存在しなかったそうだが、時代ごとに変化した読書の風景をいきいきと描く通史がここに誕生した。津野海太郎『読書と日本人』だ。
菅原道真(みちざね)は、学問の名家に生まれ英才教育を受けたエリート中のエリート。なのに、ひとりで読書する空間はもてなかった。自室に出入りする人々に邪魔されると嘆いている。
いっぽう、おなじ菅原一族につらなる菅原孝標(たかすえ)の女(むすめ)は、誰にも邪魔されず几帳のなかにひきこもって昼も夜も『源氏物語』を読みつづけるよろこびを記した。パッとしない貴族だったから、かえってひとりきりの空間がもてた。道真から孝標の女まで一五〇年。著者はこのへんに日本の読書の黎明期を見ている。
ひとりで読む、自発的に読む、黙って読む。そういう読書スタイルが成立するには、それなりの条件が必要だ。この本では、字の読める人が増え出版の商業化が進んだ江戸時代、本を音読して共同で楽しむスタイルから個人的に黙読するスタイルへと劇的に切り替わった明治時代、読みたくても本がなくなってしまった戦中戦後などの読書風景を描きだす。日本人は読書によってどういうメンタリティーを育ててきたのか。魅力的なテーマである。
電子書籍の登場と読書の未来についての観測も必見。日本人と読書は切っても切れないのだと、力強くうなずきたくなる。