[本の森 医療・介護]『サイレント・ブレス』南杏子/『反社会品』久坂部羊

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サイレント・ブレス

『サイレント・ブレス』

著者
南, 杏子, 1961-
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344029996
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

反社会品

『反社会品』

著者
久坂部, 羊
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041045916
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『サイレント・ブレス』南杏子/『反社会品』久坂部羊

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 また一人有望な現役医師の作家がデビューした。『サイレント・ブレス』(幻冬舎)の著者、南杏子である。出版社勤務の後、学士編入で医学を修め、現在は終末期医療専門病院に勤務中という経歴の持ち主だ。本書も、看取りを主題とした連作集である。

 主人公の水戸倫子は、医局から異動を命じられ、むさし訪問クリニックに赴任してくる。在宅で最期を迎えることを選んだ人々のための小さな診療所だ。水戸は大学病院から出されたことを左遷と感じ、担当するのがすべて終末期の患者であるという事実の重さにも打ちのめされる。しかしクリニックの患者たちは、決して死を待つだけの存在ではなかった。さまざまな形で自身の運命を受け入れる姿に接することが、水戸を大きく成長させていく。

 優れた知性の持ち主でありながら家族に対しては暴君のように振る舞うジャーナリストや、かつてはゴッドハンドと呼ばれた存在であったのに自身の治療には消極的な天才外科医といった人々が、水戸の担当する患者たちだ。彼らの態度に隠された真の動機捜しが各篇の主眼なのである。また、主人公にも延命治療中の父親がいることが全体を貫く串として機能している。エピソードの積み重ねにより、誰もが考えなければならない主題の方へと読者を誘導していく技法が卓越しており、物語としても楽しめた。新人らしからぬ筆力に脱帽である。

 現役医師の作家といえば、久坂部羊の名もまた読者にはなじみの深いものだろう。第三回日本医療小説大賞受賞者でもある久坂部の新作『反社会品』(KADOKAWA)は、医療という要素をスパイスとして用いた辛口の短篇集である。

 収録作の一篇「命の重さ」の主人公は、市役所の広報課に勤める野々村健介という人物である。ある日彼は、上司から骨髄バンクに登録するように依頼される。市のイメージ向上という建前もあって断りにくいが、野々村の家族は頑強に反対する。ドナーには感染症などの危険が伴うのではないか、というのだ。職場と家庭の板挟みになった野々村は次第に心を疲弊させていく。

 その他、出生前診断を受けた女性が悪夢のような状況に陥っていく「無脳児はバラ色の夢を見るか?」や、福祉の充実によって超高齢化社会が実現した後の世界を描く「占領」など、各七篇では人生の負の側面が最大限に誇張されており、それが黒い笑いを呼ぶ。医療という切り口から社会全体を覗きこむ諷刺小説が久坂部の持ち味の一つだが、それが遺憾なく発揮された作品集なのである。ここにあるのはグロテスクな現実だけだが、その身も蓋もなさゆえがかえって共感を呼ぶのだ。幼い頃の窃視が原因で女性器恐怖を抱えてしまった男の「のぞき穴」など、悪趣味を通り越して哀愁を誘う作品もあり、読む者の感情を揺さぶってくる。刺激的だが美味なのである。

新潮社 小説新潮
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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