[本の森 ホラー・ミステリ]『挑戦者たち』法月綸太郎/『柳屋商店開店中』柳広司/『名探偵の証明 蜜柑花子の栄光』市川哲也

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『挑戦者たち』法月綸太郎/『柳屋商店開店中』柳広司/『名探偵の証明 蜜柑花子の栄光』市川哲也

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 好きだ。大好きだ。法月綸太郎挑戦者たち』(新潮社)が大好きだ。

 九十九の掌編を集めた作品集である。テーマは“読者への挑戦”――本格ミステリにおいて、問題篇と解決篇の間に挟まれ、「手掛かりは出揃ったので犯人は誰か合理的に指摘せよ」という類のアレである。それを題材として、法月綸太郎は、文体で遊び、形式で遊び、表現で遊ぶ(よくぞここまでという「Challenge to the Barcode Reader」とか韻がラップ的に心地よい「昭和芸能史」とか)。読者への挑戦に関する知識で唸らせ(「アンケート「この挑戦状がすごい!」」他)、ときに細部に潜ませた蘊蓄でニヤリとさせる(そうくるか「黄金比率」よ!)。読者への挑戦なのに意外な展開で驚かせることもあれば(「最多挑戦記録」「先行テスト」)、ミステリとしての仕掛けの面白味を感じさせることもある(「編集者への手紙」とか)。ロジカルに完結していることさえある(「鶏と卵」だ)。そのうえで、いくつもの掌編に共通するキャラクターが登場したりしていて、一冊の本として読む愉しみも、そこはかとなく味わえる。ついでにいうとミステリファンからすると、巻末に記載された「おもな引用・参考文献」も実に刺激的だ。各掌編と直接に結びつくものもあれば、なぜ参考文献なのかを推理して愉しめるものもあるのだ。という具合に『挑戦者たち』は、多角的に多面的に、隅々まで愉しめる。また、通常の本格ミステリでは、読者への挑戦の前後にもテキストが実体としてあるわけだが、この作品では、それを取っ払うことで、逆に挑戦の前後をふくよかなものとして想像させ、しかも凝縮した形で趣向を満喫できるように各篇を仕立ててある。法月綸太郎の知識と発想力と表現力に脱帽。

 柳広司の未発表の二篇を含む単行本未収録短篇九篇とエッセイ二十六篇を収録した『柳屋商店開店中』(原書房)もまた、著者の知識と発想力と表現力に脱帽しつつ、柳広司という作家を多角的かつ多面的に隅々まで愉しめる一冊である。「シガレット・コード」では『ジョーカー・ゲーム』の世界が愉しめ、「策士二人」では兵法で知られる孫子を中心に据えた知の闘いのスリルを堪能できる。「蚕食」の結末の切れ味と衝撃も忘れがたい。「日本推理作家協会賞殺人事件」に代表されるエッセイのユーモアを含め、満足度は非常に高い。

 市川哲也名探偵の証明 蜜柑花子の栄光』(東京創元社)は、“名探偵”を題材としたシリーズの第三弾にして完結編。一四四時間のうちに四つの事件を解決せよ、と脅迫され、日本各地に移動して推理を重ねる名探偵・蜜柑花子の活躍を愉しみつつ、名探偵と一般人の関係を考えさせられる一冊。この三部作を完結させた著者がこれからどう進んでいくのか興味深い。

新潮社 小説新潮
2016年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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