『十年』 高橋睦郎著

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句集 十年

『句集 十年』

著者
高橋 睦郎 [著]
出版社
角川文化振興財団
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784048764001
発売日
2016/09/08
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『十年』 高橋睦郎著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

虚空の世界に満ちる気

 作者は自由詩、俳句、短歌から能、狂言、オペラの台本に至るまで、永年(ながねん)にわたる多彩な活動で広く知られている。本書はその名の通りの十年ぶりの句集。あらためて高橋睦郎にとって「定型」とは何なのか、という興味と関心をかき立てられる。

 まず目につくのは確かな素養に裏付けられた伝承の世界だ。

  いなつるび白目畏き稲田姫

  おほわたといふ矮●(ちひさがみ)そぞろ●

 日常の卑近な風景にさりげなく古代の神々が跳梁(ちょうりょう)する。「古典」を失われてしまった世界として“発見”しようとするのは現代人の悪(あ)しきおごりであろう。神々は日常の中になお、当たり前のように息づいている。その片影をすくいとるにあたって、季語を命とする定型はきわめて有効な手立てなのだ。

  摺足に白進み來る初山河

  絲をもて吊らるるごとし人も花も

 能や浄瑠璃の舞台に見立てられることによって、一幅の情景はたちまち静謐(せいひつ)で張りつめた世界へとその姿を変えていく。

  はりはりと氷融けゆく世界かな

  山微笑(みせう)そのさざなみや空渡る

 雄渾(ゆうこん)、と評するにふさわしい風格である。だが一方でこの句集には「好色や葉裏ひしひし青卵」「蛞蝓(なめくぢ)の雌雄(めを)なく互(かた)み交(つる)みあふ」といったデカダンな官能の香りもあり、思わずハッとさせられる。こうした対照の妙は、やはり極度に切り詰められた言葉が相互に響き合う、短詩形ならではのものだろう。

  年詰まる虚のきしきしと宙(そ)ラの涯(は)テ

  おほぞらの■に海鳴る涅槃かな

 日常の狭間(はざま)に作者が見ているのは、彼岸にも通じる虚空の世界だ。だが同時にそこにはなんと充足した「気」が満ち満ちていることか。そのおおようなたたずまいには、齢(よわい)八十を前にした著者の円熟した心境が揺曳(ようえい)している。

 ●は「しめすへん」に「申」 ■は「奥」の異字体

 ◇たかはし・むつお=1937年、福岡県生まれ。詩人、歌人、俳人などとして活動。句集『遊行』で日本詩歌句大賞。

 KADOKAWA 2700円

読売新聞
2016年11月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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