『昭和天皇 御召列車全記録』 原武史監修

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昭和天皇 御召列車全記録

『昭和天皇 御召列車全記録』

著者
原 武史 [監修]/日本鉄道旅行地図帳編集部 [編集]
出版社
新潮社
ジャンル
産業/交通・通信
ISBN
9784103205234
発売日
2016/09/30
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『昭和天皇 御召列車全記録』 原武史監修

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

危機と巡啓・巡幸

 大正天皇の摂政時代を含めて、昭和天皇は70年近くにわたって、日本の統治の中心、あるいは国民統合の象徴として在位していた。この長い年月の間、国内外への巡啓・巡幸の回数は膨大であった。それはちょうど、鉄道国有化から分割民営化までの国鉄の時代にあたっている。また鉄道旅行の味わいが、蒸気機関車から電化路線の拡大、新幹線の開業に至る技術革新とともに、大きく変わる時代でもある。

 昭和天皇の日々を記録した『昭和天皇実録』が公刊中だが、そこでは誕生から崩御まで天皇が鉄道を利用した日時を細かに記載している。この鉄道旅程をまとめたのが本書である。各年の乗降時刻、訪問先、車両編成など鉄道ファンにとって魅力溢(あふ)れる情報が並ぶ。車内や駅での写真や、乗車路線地図、切符などの図版も要所にある。いわば大人向けの歴史図鑑である。

 敗戦を経た現在から見ると、戦後復興に向かう国民を元気づけた「戦後巡幸」が印象深い。だが、本書が集計した年別乗車距離グラフを見ると、摂政時代も同程度の長大な乗車距離である。特に台湾・樺太といった帝国の南北周縁を訪れていたのが目を引く。大正天皇の病状悪化と敗戦という近代天皇制の危機に際して、昭和天皇は全国の視察によって応えたのである。

 御召列車の旅は、天皇が地方を見る機会であるが、地方の人々が天皇を見る瞬間でもある。そもそも駅と車両は、当時のマスメディアが貴顕の人々を写真に映し出す舞台でもあった。本書の中でも、昭和63年(1988年)3月、原宿宮廷ホームで御召車両の窓際に立つ姿には、長大な在位の風雪が滲(にじ)み出る。直前の1月、最後の歌会始で、天皇は民営化前の国鉄を名残惜しむように詠(よ)んだ。下の句は「明治のみ世をおもひみにけり」。晩年の天皇が折に触れて明治以来の歴史をかみしめていたことはよく知られているが、ここでは国土と鉄道と歴史とが一つに溶け合う。そんな昭和も遠くなりつつある。

 ◇はら・たけし=1962年生まれ。放送大学教授。著書に『レッドアローとスターハウス』『皇后考』『大正天皇』など。

 新潮社 2800円

読売新聞
2016年11月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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