『形象の力 合理的言語の無力』 エルネスト・グラッシ著

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形象の力

『形象の力』

著者
エルネスト・グラッシ [著]/原 研二 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784560083086
発売日
2016/09/23
価格
5,832円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『形象の力 合理的言語の無力』 エルネスト・グラッシ著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

情念を動かす哲学を

 合理的に考えることは大切だ。だが、物事を正確に分析し、緻密な計算と論証により発展した科学技術が、結果として非人間的な状況や人類の悲劇を生み出してきたことも確かである。私たちは合理性で世界に関わるだけでよいのか。この哲学的な問いには、古代ギリシア以来もう一つの答えが、いわば文明の裏街道で脈々と受け継がれてきた。それが「人文学」とも訳されるフマニスムである。

 私たちは「形」で物事を一挙に全体として把握することができる。例えば、ある人物を知る時に、経歴や能力の数値データを分析するより、会って直接話をすれば一瞬で人柄が分かる、そんな直観、洞察だ。比喩や類比、想像力を駆使する芸術や文学には、そのように真実を直接示す働きがある。鮮明に世界のあり方を開示する形象の力を、もう一度信頼すべき時ではないか。

 論理を追求するロゴスの哲学だけでなく、形象を通じて情念を動かすパトスの哲学が必要である。そこでは天与の能力、天啓にあたる「インゲニウム」がキーワードとなる。創意発見をもたらすインゲニウムは、言葉を通じて働きかけ、私たちの認識を変えていく。著者は豊かな文化、思想の伝統からの多彩な例示によって、そういった力が働く場面を見せてくれる。

 イタリア出身の著者グラッシはドイツでハイデッガーの元に学んだ哲学者である。だが、理性の限界が強く意識された20世紀後半、イタリアの哲学伝統に立ち返り、アンチテーゼを打ち出す。ルネサンスからヴィーコに至るイタリア・フマニスムの流れである。デカルト以来の西洋近代哲学に対抗するこのもう一つの伝統は、現実世界を捉える哲学の意義を、新たな仕方で力強く訴えかける。日常経験から感覚を解放する芸術、説得で人を動かす弁論術の伝統。フマニスムの哲学的意義は半世紀たった今、より切実さを増している。原研二訳。

 ◇Ernesto Grassi=1902年、イタリア・ミラノ生まれ。戦後、ミュンヘン大教授を務めた。91年死去。

 白水社 5400円

読売新聞
2016年11月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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