江戸の新生はいかに成ったか 波瀾万丈の生涯を描く歴史大作
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
本書は、伊東潤のデビュー十周年記念作品であり、それにふさわしい力のこもった大作となった。
主人公・河村屋七兵衛(河村瑞賢)は、江戸の材木商であり、物語は七兵衛が明暦の大火で、息子・兵之助を失うところからスタートする。
だが、七兵衛はそこで弱音を吐く男ではない。あたかも兵之助の敵を討つ勢いで、いま江戸に必要なものは、自分が扱っている材木ではないか、と木曾全山の木を買い付けに行く。それだけではない。保科正之の行列に上書を掲げ、江戸市中に積まれた災いにあった者たちの遺骸を何とかしないと、悪疫や悪疾が蔓延することを訴える。
ここから、本来、あり得るはずのない、幕閣の要人と一材木商人との、いや、男と男の意気に感じた交誼がはじまる。そして七兵衛は保科正之の手足となって、江戸の再建=インフラを下支えしたことになる。
が、難題は次々にやってくる。地方から江戸へ江戸へとやって来る人口の多さに、この百万人都市は完全に食糧不足になっている。
まず必要なのは、江戸に米を運ぶための海運路の開発。さらには新たな物流の拠点の確保。そして、大坂・淀川の治水工事や、越後高田藩の銀山開発等々。
これらの背景としてさまざまな史実―若年寄・稲葉正休による大老・堀田正俊への刃傷事件や、五代将軍綱吉自身が裁いた越後騒動などもぬかりなく作中に挿入されていく。
そしてまた、脇筋の登場人物がいい。七兵衛が、ただ一度だけ出会う旅の老人・人買の仁吉。佐渡の船大工・宿根木(しゅくねぎ)の清九郎、塩飽(しわく)船手衆の頭目・丸尾五左衛門、そして終盤の見せ場をさらう「水上輪」と呼ばれる揚水装置の設計、製作者・水学宗甫(すいがくそうほ)ら。それから、おっと忘れちゃいけない新井白石―。
これらの人物が、七兵衛以上に作中で躍動するのだからたまらない。
そして、本書を読みながら、おやっと思うことがある。それは七兵衛の独白の中に示されるのだが、一例を挙げれば、
いわく「―何かをやろうとする時、必ず頭をもたげるのは『そいつは無理だな』という思いだ/さしたる理由がなくても、人は『無理だ』と思い込むことが多い/それを取り払えば、自ずと答えは出てくる」。
そして無理に無理を重ねて、この十年間で確固たる作家的地歩を築いたのが伊東潤ではないのか。そう考える時、私にはこの一巻が七兵衛を通した作者の私小説にも見えるのだ。