『古典について、冷静に考えてみました』 逸身喜一郎ほか編

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古典について、冷静に考えてみました

『古典について、冷静に考えてみました』

著者
田辺 玲子 [著]/身崎 寿 [著]/逸身 喜一郎 [著]/田邊 玲子 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000229500
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『古典について、冷静に考えてみました』 逸身喜一郎ほか編

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

12人が意義を問い直す

 「古典」が読まれない、尊敬されなくなったと言われる。「古典」に何の意味があるのかという疑問の声もしばしば聞かれる。だが、変化の理由は時代の流れだけではない。「古典」そのものが変わってきた、つまり、国民の学ぶべき古典教養が成立の基盤から問い直され、従来の見方が揺るがされているからだ。

 本書はギリシア・ラテン以来の西洋の古典と中国、日本などの東洋の古典を中心に、各分野の第一人者12名が新たな学術成果を紹介しながら「古典とは何か」の問いに向かった論集である。編者はまず、急いで答えを求めず、じっくりと考えることを勧めている。時を経ること……

 学生時代に私も『オシアン』を読んだ。ウェルテルがロッテに読み聞かせ、感極まったあの場面を思いながら。だが、そのスコットランド叙事詩は現在古典リストにはない。捏造(ねつぞう)の疑惑が確定しているからだ。では、なぜそのような作品がゲーテら文学者を熱狂させたのか。西洋の古典であるホメロスやウェルギリウスの叙事詩に匹敵する国民文学を求めた18世紀英国のナショナリズム、ヨーロッパの古典発見の熱狂が背景にある。古典とは時代と文化が作り上げてきた枠組みなのだ。その正統性は?

 日本最大の古典『源氏物語』も同様である。現在では世界文学の古典「小説」として日本が誇るこの文化遺産も、長らく「歌書」として扱われていた。また、古典演劇の代表とされる能も、現代まで間断なく上演されてきた現代演劇として捉え直される。位置づけの転換!

 「古典」の意味を巡って脱構築が起った現代、改めてその意義を訴えることは挑戦である。流動しながら生き続け、動態として成長する古典。古典教育の再考も必要となる。だが、このような本格的反省を経て、初めて古典の魅力が明らかになってくるはずだ。本書は人文学の将来を指し示しつつ、新たな古典の世界へと読者を導いてくれる。

 ◇いつみ・きいちろう=1946年生まれ。東京大名誉教授。著書に『ラテン文学を読む』、共訳に『ローマ革命』。

 岩波書店 1900円

読売新聞
2016年11月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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