舞台を現代に“移植” 更新する「江戸川乱歩」の作品集

レビュー

5
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Dの殺人事件、まことに恐ろしきは

『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』

著者
歌野 晶午 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041046296
発売日
2016/11/02
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

更新される、没後51年の乱歩。驚きの本歌取り作品集

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 ミステリーを更新する。

 歌野晶午の作品にいつも感じるのは強い意志だ。ほとんどの人間がモバイルツールを持ち、SNSでつながり合っているような状態を、旧時代の書き手は想定していなかった。元から存在するミステリーの構成要素は維持し、現代版へと更新させる。その最新の試みが『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』である。

 昨年は江戸川乱歩没後五十周年の節目であり、さまざまな記念企画が行われた。本書も、すでに『死体を買う男』などの乱歩パロディ長篇がある作者が「人間椅子」「赤い部屋」などの代表的な短篇のプロットや設定などを借用し、現代を舞台に描き上げた本歌取り作品集である。文体で乱歩の雰囲気を再現している他、「スマホと旅する男」が乱歩の「押絵と旅する男」と同様に現実と幻覚のあわいの中に溶け込む終わり方をしているなど、原作の構造が可能な限り忠実に移植されている。しかもそれだけではないのだ。

 表題作は「D坂の殺人事件」を下敷きにしている。かの作品で推理に当たったのは語り手と若き日の明智小五郎という青年二人なのだが、本篇の〈私〉は興信所の下請けとして働いている自称カメラマン、相棒は渋谷の街を庭のようにして遊ぶ日高聖也という少年だ。年齢の離れた二人の間に友情めいたものが芽生え、時折話し込むようになる。そんなときに彼らは、女性の変死事件を目撃するのである。

 謎解きの展開などは本歌の作品と同じなのだが、さらにその後がある。歌野が更新したのは電子機器や通信技術などの情報環境だけではなく、その中で暮らす人々の心のありようもだった。乱歩の時代ではありえなかった心性、現代だからこそ生じうる陥穽が本篇を含むすべての作品に盛り込まれているのだ。単なる模倣だけを求めて足を踏み入れた読者は、自身の不注意を悔いることになるはずだ。乱歩が思い描いた「よるの夢」を、歌野は独自の技法で描き上げた。

新潮社 週刊新潮
2016年12月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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