芥川賞を前に低調の文芸誌…注目の作品は

レビュー

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芥川賞が近づく文芸誌の12月号注目作はこちら!

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)


文學界 2016年12月号

 12月号。芥川賞が近づき、各文芸誌、力を入れてきている……はずなのだが低調である。そんななか『文學界』の加藤秀行キャピタル」が妖しく光っている。

 舞台はタイのバンコク。主人公の「僕」は、リビングが二十畳以上もあるプール付きの部屋にいる。戦略系コンサルティングファームの過酷な業務を七年間勤め上げた褒美に一年間の一時休養(サバティカル)をもらった「僕」のところに、空き部屋になっているので住まないかと話が来たのである。

「僕」がバンコクにいることを聞きつけた、現在は企業買収ファンドに所属するかつての先輩・高野がある依頼をしてくる。採用予定だったアリサというタイ女性が急に辞退すると言い出し連絡も取れない。彼女に接触して説得してほしいと。

 カタカナのビジネス用語と、データセンターに象徴される非人間的風景の織りなすドライな詩情。日本文学には異質な世界を描いて功を奏している。会話、特に先輩・高野の造形がいい。

「結局プログラムだ。ゼロイチに還元できることなんだ。つまりそこにはソースコードがあって、ということはそこには目的がある」


新潮 2016年12月号

 服部文祥息子と狩猟に」(『新潮』)は、組織的オレオレ詐欺の物語と、会社員の父親が小学生の息子に狩猟を教える物語が平行して進みクロスする、題材的に珍しい小説。詐欺組織の番頭・加藤と、狩猟者の倉内は同じ思想を持っている。「自然のルールでは人間も動物同様に殺していい」。加藤も実は猟師に育てられたのだ。その思想の一致ゆえに意外な結末が導かれる。

 特集では『新潮』の「手塚治虫のエロティカ」が貴重。手塚の書斎机の引き出しから発見された、未発表の素描をカラーのグラビアで初公開したものだ。人間の女性の裸体が動物やよくわからない物体にメタモルフォーゼする「田中圭一も真っ青な卑猥なイラスト」(手塚るみ子)で、手塚の知られざるオブセションが感じられる。

 発売前から話題ですぐ増刷に。告知ツイートもすごい数のRTがなされていたが、文学の話題でこんな光景は見たことがない。編集部も微妙な心境では?

新潮社 週刊新潮
2016年12月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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