未知なる「藝大」の世界に反響!読者からは共感の声も〈ベストセラー街道をゆく!〉

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「極端な面白さ」に取材殺到、ヒットに!

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 人は『ガリバー旅行記』的なものが大好物だ。自分たちのそれとは異なる常識を持つ世界を見せられると、一斉に鼻の穴をふくらませる。その好例が二宮敦人『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』―「芸術界の東大」と呼ばれる聖域に潜入した、前代未聞の探検記にして抱腹絶倒のルポルタージュである。

 今年9月の発売にもかかわらず、現在9刷10万8千部。ヒットのきっかけは、早い段階でその極端な面白さがネットメディアに注目され、取材が殺到したことだった。例えば、想像のはるかナナメ上をいく藝大の入試問題の数々。“自分の仮面をつくって、さらにその仮面を装着した時のつぶやきを100字以内で考えなさい”だと……?! また、創作は基本的に体力勝負の世界。制限時間「二日間」のテストがあれば、あまりの受験勉強の苛酷さに肩を壊して断念する者、中には「選手生命」を緻密に計算しながら浪人する者もいるという(プロ野球選手か!)。

 つまり藝大生とはそんなハードかつクレイジーな関門をくぐり抜けた猛者たちなのである。口笛の世界チャンピオンがいれば、グラフィティアートにハマりすぎて少年院に入った経験のある者、はてはブラジャーを仮面にハートのニップレス+ストッキング姿で構内を闊歩する正義のヒーロー(女性)までいるのだ!

「取り上げてくれたメディアはみな未知の世界を面白がってくれました。でも、実際に買ってくれた読者からは“変人奇人列伝ではない”部分に共感を覚えたという声がとても多くて」とは担当編集者の弁。その秘密は本書全体のスタンスにある。もしも写真を混ぜ込めば、ネタとしてのわかりやすさは上がるが、描写や発言から何かを想像して考える余地を読者から奪ってしまっただろう。だが、この著者の文章は、彼らの突飛な行動様式への素直な驚きから、「芸術」に対する素朴な疑問や興味へときちんとつなげてくれるわけだ。

 単なるネタの羅列なら、それこそネットのまとめ記事で充分。魅力的なノンフィクションとは、やっぱりこうでなくちゃ。

新潮社 週刊新潮
2016年12月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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