『〈憧憬〉の明治精神史』 長尾宗典著

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〈憧憬〉の明治精神史

『〈憧憬〉の明治精神史』

著者
長尾宗典 [著]
出版社
ぺりかん社
ISBN
9784831514516
発売日
2016/10/14
価格
6,480円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『〈憧憬〉の明治精神史』 長尾宗典著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

理想求めた明治の精神

 「憧憬」という語は、明治中期に新たにできた和製漢語である。高山樗牛(ちょぎゅう)とその盟友、姉崎嘲風(宗教学)らが使い始めたと言われている。本書はこの語が青年たちの間に一気に広まっていく時代背景を、一個の精神史として考察する試みである。

 日清戦争後、個我の意識と近代国家のイメージとの間に距離が生じ、理想と現実との乖離(かいり)があらためて意識されるようになった。「煩悶(はんもん)青年」が時代のキーワードになるゆえんである。本書によれば、「憧憬」とは、理想の不可能を認めつつ、なおその実現に向け、現実を漸進的に発展させていこうとする修養の態度を指すのだという。その際、重要な手立てとなったのが美術と文学で、西洋文明との対決が政治社会から文化の領域に移るに従い、文明批評のためのイデオロギーとして、あらためて学問としての「美学」に注目が集まることになったのである。

 時代の寵児(ちょうじ)、高山樗牛はまさにその申し子ともいうべき存在で、彼はドイツ観念論の影響から出発し、独自の「憧憬」の学を育んでいった。日本主義、本能主義、ニーチェ、日蓮と、わずかな期間にめまぐるしく変転していくその思想はこれまでもなかなか捉えがたいものとされてきた。だが、「憧憬」の対象が「道徳」から「感情」へ推移していく、という見取り図によって、これほどすっきりとその足跡がたどれるものなのか、とあらためて驚かされた次第である。樗牛を愛読した地方の「煩悶青年」の実態が、同人雑誌のネットワークを通して明らかにされていくくだりも興味深い。歴史学から出発して、思想史、文化史に抜けていくその道筋は、文化研究(カル・スタ)中心であった研究動向にあらたな可能性を予感させるものでもある。

 三一歳で病死する直前、樗牛が嘲風に宛てた最後の書簡は印象的だ。「憧憬」の道半ばで倒れたその無垢(むく)な精神は、われわれになお、多くを問いかけている。

 ◇ながお・むねのり=1979年、群馬県生まれ。国立国会図書館司書。論文に「高山樗牛と雑誌『太陽』」。

 ぺりかん社 6000円

読売新聞
2016年12月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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