歌野晶午×江戸川乱歩。貴方を「非日常の興奮」に導く超ミステリが誕生!〈刊行記念インタビュー〉歌野晶午『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』

インタビュー

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〈刊行記念インタビュー〉歌野晶午『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』

江戸川乱歩の奇想に歌野晶午の巧妙な仕掛けが加わり、
まったく新しいミステリ短篇集が誕生した。
乱歩作品と自身の浅からぬ関係について、改めてうかがった。

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◇乱歩の文章の圧倒的な読みやすさ

――まず、江戸川乱歩の作品との出会いをお聞かせください。

歌野 たぶん他の人と一緒だと思うんですが、小学生の時に少年探偵団シリーズを読んだことですね、きっかけは。『少年探偵団』か『怪奇四十面相』のどっちかを小学校四年か五年くらいの時に読んだのが最初で、そこから子ども向けのは全部読んだんです。そのあと高校に入った頃に大人向けの乱歩を初めて読みました。

――子ども向けの作品を初めて読んだ時の感想はいかがでしたか。

歌野 自分も冒険しているみたいにのめり込んで、一日一、二冊のペースで読みましたね。探偵小説というよりも冒険小説という感じで読んでいたと思います。

――では、大人向けの作品の感想はいかがでしたか。

歌野 大人向けのを読んだ時に思ったのは、高校生が読んでもすごく読みやすい。乱歩から受ける強烈な印象は怪奇とかじゃなくて、圧倒的な読みやすさですね。文章も古く感じないというのがすごいなあと思いました。いつごろ書かれたとかを知った時には非常にびっくりしましたね。

――歌野さんは一九九一年発表の『死体を買う男』で、江戸川乱歩と萩原朔太郎が登場する作中作という趣向に挑んでいますが、あの作品はどのようにして生まれたのでしょうか。

歌野 そもそも、自殺しようとしたら助けられて事件に巻き込まれるという、あの中の事件の大筋は最初に現代ミステリのアイデアとしてあったんですが、ちょっとそれだけじゃつまらないので何かないかなと考えたんです。その頃よく仕事に行き詰まると押し入れに入って、暗いところで寝て考えていたんですが、そういえば乱歩もそんなことをしていたなあと思った時に、乱歩も書けなくなったり、人嫌いで逃げたりしたエピソードがあったことを思い出して。じゃあ、その時に自殺しようとして誰かに止められるというのはどうだろうと思いつき、乱歩の自伝や随筆を読むと、萩原朔太郎と親交があったと書いてあったので、その二人でいけるんじゃないかと……その段階で、中の作品を乱歩風にするために、半年くらいかけてまた乱歩の小説を読み返しましたね。だから事件自体のプロットは最初からあって、あとから乱歩のことについて調べていきました。

――乱歩風の文体で書くことは難しかったでしょうか。

歌野 難しいんですが、乱歩の文章は他の作家より真似しやすいところもあるんですね。コツがわかったらそんなには難しくなくて……最初の段階で、こういう風な文章をよく書くんだという洗い出しをするのは大変でしたが。

――乱歩の文章の特徴とは。

歌野 副詞や擬態語にカタカナが非常に多い。例えば「ハッキリ」とかもカタカナで書いてある……それも時期によって揺れがあるんですけどね。初出の原稿はカタカナが少ないんですが、あとで自分で直して増やしたりしているんです。あと、わりと短めの文章が多い中に、時々長い文章が入ったりして、妙に長いんだけど流れがいいという印象ですね。直す前と後と、どれに合わせるかは悩みましたけど。

◇乱歩ワールドの現代的な再生

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――今回の『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』は、昨年の乱歩歿後五十年に合わせて生まれた企画だったのでしょうか。

歌野 実は全く気に留めてないくらい、乱歩のことを忘れていたんです。昨年、「野性時代」で乱歩特集をやるというので短篇のお話をいただいた時に、「ああ、そうだったんだ」と。以前にいやというほど読んで『死体を買う男』を書いたので、もう書かなくてもいいと思っていたんですけど、前とは違うことがやれるのならやってみようと考えてみて、思いついた三つのアイデアの中から一つ選んだんです。そうすると、残った二つがちょっともったいない気がして。その二つのネタを乱歩と関係なく書いてもいいんだけど、乱歩と合わせて書いた方が効果的じゃないかと。それで三つとも書くならば、もう少し足して短篇集にしようかな……という感じで生まれた本ですね。

――その三つのアイデアから生まれた作品はどれですか。

歌野 「『お勢登場』を読んだ男」、「赤い部屋はいかにリフォームされたか?」、「人でなしの恋からはじまる物語」の前半、この三つを最初の段階でほとんど同時に思いついたわけです。

――乱歩のパロディというとレトロな趣の作品が多いですが、これは逆ですね。

歌野 今回、自分の中で決めたのは、乱歩風に見せるのではなく、もとの話を現代的にどうやって復活させるかということですね。普通はレトロになると思うんだけど、それは『死体を買う男』でやったので、今回はやらないことにしたんです。むしろ作風としては原作とあまり似ないように書きました。

――スマホとかSNSとか、レトロとは正反対に現代的なテクノロジーを取り入れていますね。

歌野 最初に書いたのは「『お勢登場』を読んだ男」で、原作の「お勢登場」は主人公がうっかり閉じ込められて出られなくなる話ですが、今だとポケットにスマホが入っていれば外に連絡して出られますよね。そこから展開させて、逃げられなくするにはどうしたらいいか、と考えていきました。テクノロジーが進歩するとこういう犯罪小説は縛りがあって書きにくくはなるんですが、絶対抜け道があるはずなんです。それを探すのはきついけど楽しくもあります。

――乱歩の「陰獣」はストーカーが天井裏に潜んでいる話ですが、今はSNSなどを悪用したストーキングが実際に行われているわけで、そういう現代的置き換えが読みどころですね。

歌野 でも、単に置き換えるだけじゃなくて、今だったらこう書く、昔だったらこう書かないというのも入れたくて。具体的には、乱歩の頃の探偵小説は犯人は誰かとか犯罪の方法はどうかとか、そういうことを解決して終わりなわけですよね。今のミステリって、読者もそれじゃ満足できなくなっていて、それ以外で何か別の驚きを与えないといけないところまで行っている。単に現代的なガジェットを入れるだけのリメイクではなく、作品自体の構成も変わってくるので、そこは原作とは違ったやり方にしたつもりです。

――乱歩の「D坂の殺人事件」は明智小五郎による事件解明で終わるのが、歌野さんの「Dの殺人事件、まことに恐ろしきは」では謎解きのあとに更にひねりがありますし、乱歩の「人間椅子」や「赤い部屋」などは実は嘘だったんだよというオチですが、歌野さんの場合はその逆を行く感じですね。そのあたりが意図した原作との違いでしょうか。

歌野 そうですね。「人間椅子」に関しては乱歩が言い訳めいたことを書いている文章があって、荒唐無稽な話なのでリアリティがないから嘘だったことにしたとあるけど、昔はそれでよくても今の感覚だと通用しない。そこに関しては乱歩の言っていることに納得がいかないので、違ったやり方にしたかったんです。あと、書いていて思ったのは、今の方が荒唐無稽なことが書いてあってもありそうと思われるのかなと。昔だったらあり得ないと思われそうなことが、今だと「そうねえ」で終わっちゃう。そういう恐ろしさは感じますね。

◇「二銭銅貨」で最後を締めくくる

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――短篇集の後半の作品の方が、乱歩作品への言及が増えてくるのは意図的な配列でしょうか。

歌野 収録順は考えてなかったんですけど、作品によって乱歩のことを前面に出すか出さないかは考えましたね。

――「スマホと旅する男」はもとの「押絵と旅する男」が幻想小説ということもあってSF度が高いですね。

歌野 もともと幻想小説なんで、その雰囲気を残したままにしたかったんですね。あと、「虫」という作品の主人公の男も持ってきています。

――「人でなしの恋からはじまる物語」は、タイトル通り前半は「人でなしの恋」風の話で、後半は「二銭銅貨」風の暗号解読の話になっていますが、このような構成にした意図は。

歌野 前半だけだと物足りない感じがあって、もうちょっとほしいなと思っていた時に、「二銭銅貨」は乱歩の最初の作品なので、それを最後に持ってくることでまとめることが出来るかなと思ってくっつけたんです。

――バッドエンドの話が多い中、これだけ少し印象が違いますが、短篇集全体の読後感を意識したのでしょうか。

歌野 そこまでは考えなかったんですけど、二つのアイデアを組み合わせて、結末より展開で驚かせる方を目指して書いたので、それでちょっと変わった終わり方になったのかなと。

――書き上げて一番手応えのあった作品はどれでしょうか。

歌野 原作をかなり忠実になぞりながら違った感じに出来たという点では、「Dの殺人事件、まことに恐ろしきは」が一番思ったように書けたかなと思います。

――作品を書くにあたって改めて乱歩作品を読んだ際、昔読んだ時と違う感想はありましたか。

歌野 以前は晩年の作品は正直面白く感じなかったんですが、読み返してみると、今まで思っていた駄作というのとは違うんじゃないかなと。乱歩は戦争が終わってもすぐには書かずにブランクがありますよね。新人発掘をやって優秀な作家が出てきて、やっぱり自分も書きたいと思ったんじゃないかと。その時に、昔と同じことをやっていても駄目だと本人も考えたんじゃないでしょうか。それで戦後の作品では新しいことを取り入れたけど、それがうまくいかなかった。でも乱歩が新しいところに行こうとした意思みたいなものを今回感じたんですよ。そういう前向きな姿勢は、作品の出来不出来とは別にもっと評価されてもいいんじゃないかとは思いました。

――今後、三たび乱歩を意識した作品を書くことはあるでしょうか。

歌野 いや、もうないと思います。時間が経ったら乱歩の作品をまた読むことはあると思いますが。今回は前回よりもっと掘り下げたというか、もとの作品をよく考えた上でいろいろ書いたので、もうやることは残ってないんじゃないかなという感じです。

歌野晶午(うたの・しょうご)
1961年千葉県生まれ。88年『長い家の殺人』でデビュー。2004年『葉桜の季節に君を想うということ』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)、本格ミステリ大賞を、10年『密室殺人ゲーム2.0』で再び本格ミステリ大賞を受賞。他の作品に『家守』『春から夏、やがて冬』『コモリと子守り』『ずっとあなたが好きでした』など著書多数。

取材・文|千街晶之  撮影|ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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