当代随一のテクニシャンが現代に甦らせた江戸川乱歩の世界!

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当代随一のテクニシャンが現代に甦らせた江戸川乱歩の世界!

[レビュアー] 日下三蔵(書評家)

 昭和も終わりに近づいたある年、角川文庫が江戸川乱歩フェアを行ったことがあった。その時の帯のキャッチコピーは、「いま〈乱歩〉がおもしろい!」。宣伝コピーに文句をつけても始まらないが、これは正確には「いつでも〈乱歩〉はおもしろい!」というべきだろう。

 江戸川乱歩は一九二三(大正十二)年に「二銭銅貨」でデビューしてから、常に日本ミステリ界の中心的存在であり続けた。「D坂の殺人事件」「心理試験」「屋根裏の散歩者」など名探偵・明智小五郎が登場する本格もの、「赤い部屋」「人間椅子」「鏡地獄」「芋虫」「押絵と旅する男」などの奇抜な着想の怪奇幻想もの、乱歩の初期作品群は発表から九十年以上を経ても色あせない輝きを放っている。

『一寸法師』『孤島の鬼』『蜘蛛男』などの長篇では一般読者に、『怪人二十面相』に始まる〈少年探偵団〉シリーズでは年少読者に、スリルとサスペンスに満ちたミステリの楽しさを教えた。さらに内外のミステリに精通した評論家であり、高木彬光、大藪春彦、星新一、筒井康隆らをデビューさせた名編集者でもあった。

 一九五五(昭和三十)年にスタートした江戸川乱歩賞は数多くのミステリ作家を生み出し続けているし、生涯に残した膨大な作品は六五年に乱歩が亡くなってからも、ずっと読み継がれている。没後五十年を超えた今年に至ってもその人気は衰えず、乱歩自身の作品集のみならず、マンガ化作品、解説本などの出版ラッシュが続いているのだ。

 今回刊行された歌野晶午の乱歩トリビュート短篇集『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』は、関連本の中でもとびきりの異色作である。これは乱歩の名作短篇の数々を、現代ならではのトリックとストーリーにアレンジしてリライトした〈翻案作品集〉なのだ。

 例えば巻頭の「椅子? 人間!」では「人間椅子」がサスペンスたっぷりなストーカーの話になっているし、「スマホと旅する男」は「押絵と旅する男」を現代の最新技術で再現した話だ。

「「お勢登場」を読んだ男」では「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」に始まるウィリアム・ブリテンの〈?を読んだ男〉シリーズ、「赤い部屋はいかにリフォームされたか?」では都筑道夫のミステリ評論『黄色い部屋はいかに改装されたか?』が踏まえられているのも楽しい。

 ラストを飾る「人でなしの恋からはじまる物語」は「人でなしの恋」と同じく人形性愛に端を発したストーリーが意外な形で暗号解読ものに発展し、乱歩のデビュー作「二銭銅貨」を踏まえたエピローグで締めくくられるアイデア満載の〈乱歩小説〉だ。

 実は歌野晶午が作中で乱歩を扱うのは、これが初めてではない。九一年に刊行された著者初期の長篇『死体を買う男』は、乱歩が萩原朔太郎とともに探偵役を務める作中作「白骨鬼」が全体の大半を占めるという傑作であった。

 その後、歌野晶午はテクニックに磨きをかけ、現代ミステリを代表する作家へと進化していくことになるのだが、インターネットで殺人ゲームに興じる人々を描いて高い評価を得た『密室殺人ゲーム王手飛車取り』などは乱歩の「赤い部屋」の現代的な変奏とみることも出来る。そう考えると、巧みなストーリーテリングで反則スレスレの大技トリックを成立させてしまう歌野ミステリのスタイルこそ、乱歩が目指して果たせなかった本格ミステリ作家の理想形そのものではないか。

 時を超えた両者の合作というべき『Dの殺人事件、まことに恐ろしきは』は、乱歩作品をまったく知らない読者が読んでも充分に面白い連作ミステリだと思うが、やはりそのすべてを味わい尽くすためには乱歩の〈原作〉との併読を強くお勧めしたい。ストーリーの骨子や、時には人物のネーミングまでも律儀に踏襲しつつ、いかに現代的なアイデアでリライトがなされたかを確認することで、その面白さはほとんど倍加することだろう。

KADOKAWA 本の旅人
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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