悪玉たちが絡み合う凄まじい警察小説だ

レビュー

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悪玉

『悪玉』

著者
鳴海, 章, 1958-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041049150
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

悪玉たちが絡み合う凄まじい警察小説だ

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 航空冒険小説『ナイト・ダンサー』で、第三十七回江戸川乱歩賞を受賞した鳴海章は、以後、ミステリーから時代小説まで、幅広いジャンルで活躍している。もちろんその中には、警察小説もある。どこまでも堕ちていく警察官を主人公にした『街角の犬』や、北海道を舞台に破天荒な制服警官が次々と登場する『オマワリの掟』等を経て、二〇一一年の『マリアの骨』から始まる「浅草機動捜査隊」シリーズで、本格的に警察小説に参入。ベテランの実力が発揮された内容に、警察小説ファンの注目が集まった。その作者の最新刊となる本書も、骨太の警察小説だ。ただ、ノワール的な要素も強く盛り込まれており、独自の物語になっている。

 昔から観光地として発展してきた、静岡県の温海市。東西やくざの緩衝地帯のような土地だったが、その均衡が崩れそうだ。準暴力団の邪鬼連合が、神奈川から静岡に進出してくるという情報が入ってきたのだ。また、横浜のチャイナマフィア王英明と密接な繋がりを持つ、朝倉星龍という男が、温海市有数の老人介護施設「海風苑」の若きオーナーとして、五年前に乗り込んできた。どうやら「海風苑」で、闇カジノを開いているようだ。そのような状況があってか、県警本部刑事部捜査四課の組織暴力特別班から、國貞智宏が異動してきた。警察官募集のポスターに採用されるほどの容姿の持ち主だが、組暴班のエースであり、さらに黒い噂があるとのこと。國貞の相勤者になった住田航は、彼に振り回される日々を送るようになる。

 一方、「海風苑」では、朝倉を慕う野田拓海というチンピラが、介護助手の傍ら、裏の仕事も手伝っていた。闇カジノに出入りする國貞と微妙に絡みながら、しだいに裏稼業の泥沼に嵌まっていく野田。やがて闇カジノ関係の金を巡り殺人まで発生したことで、事態は大きく動き出すのだった。

 本書の主な視点人物は、住田と野田である。ふたつの視点で双方を補完しながら、ストーリーは進行していく。それでも國貞の人間像や、一連の騒動の真相など謎は多い。強い興味を覚えながら、ページを捲ることになるのだ。

 ところで、タイトルからの連想もあるのだが、本書を読んでいると“悪玉菌”という言葉が、何度も頭に浮かんだ。ちなみに悪玉菌とは、人間の腸内で有害な働きをする細菌のこと。逆に、有益な働きをするものを善玉菌と呼ぶ。普段は善玉菌と悪玉菌のバランスが取れているが、悪玉菌が増えると、身体が悪くなるという。これはそのまま、本書の内容と通じ合うではないか。平穏を愛する住田や、チンピラだが愛嬌のある野田は、國貞や朝倉の近くにいることで、しだいに黒い場所へと引きずりこまれていく。それに呼応するように、温海市も揺れる。終盤で明らかになる権力者の思惑も含めて、物語世界に悪玉菌が溢れかえる。その救われない現実を作者は、興趣に満ちたストーリーと癖のある登場人物を結びつけ、硬質な筆致で描き切ったのである。

 また、さまざまな血の繋がりに基づく愛憎が、物語を動かしている点も見逃せない。ミステリーの意外性と深くかかわる部分なので、詳しく述べられないのがもどかしいが、本書のテーマのひとつといっていい。作者が、血の繋がりに込めたものは何なのか。熟考してみるのも、面白いのである。

 なお、野暮を承知で書いてしまうが、國貞の乗っているフォード・マスタングGT390の出てくる映画とは、ピーター・イェーツ監督の『ブリット』だろう。刑事役のスティーブ・マックイーンが運転するフォード・マスタングGT390と、敵の運転するダッジ・チャージャーがサンフランシスコで繰り広げるカー・チェイスが、あまりにも有名である。せっかくなのでDVDを引っ張り出し、ひさしぶりに再見したが、作品に流れるタフでハードな空気が、本書と通じ合うように感じられた。もし『ブリット』を見たことのない人がいるのなら、本書と併せてお薦めしておきたい。

KADOKAWA 本の旅人
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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