イェイツ初体験にいかが ノーベル文学賞受賞の詩人

レビュー

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偉大な作家の痛快さと詩情が堪能できる1冊

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 名のみ高く、今では読まれなくなってしまった作家は数多い。一九二三年にノーベル文学賞を受賞した詩人、W・B・イェイツもその一人ではないだろうか。恥ずかしながら、わたしもこれまで読んだことがないものだから、タイトルを見るや、「ジョン・シャーマンという名の男がサーカスに入団し、動物たちと共に横暴な団長に反旗をひるがえす話かも」とケモノバカ脳が刺激され、読んでみたのだが、その身勝手な予断はあえなく潰えたのである。

 というのも、これは、小説『ジョン・シャーマン』と、名詩選『サーカスの動物たち』を収録した一冊だから。で、ガッカリしたかといえば、さにあらず。アイルランド文学を愛してやまない訳者・栩木(とちぎ)伸明による懇切丁寧な注釈と解説の助けもあって、初めてのイェイツを堪能できたのだから、誤解もたまには良い結果を生むというべきだ。

 主人公ジョン・シャーマンは、アイルランド西部の田舎町に生まれ育った美男の青年。野望はルックスを活かして金持ちの娘と結婚することで、ロンドンで会社を経営している伯父の遺産をあてにしているから働きもせず、毎日庭いじりくらいしかしていない、無為徒食の輩だ。ただ心根は悪くなく、メアリーという女性の親友もいる。この青年が、さて、いよいよ故郷を離れてロンドンに出ていくのだが、一体どんな成長を見せるのか。スピーディに展開する、ジェイン・オースティンの小説男版といった物語はかなり愉快痛快だ。

 そして、イェイツ本領発揮というべき詩の数々が素晴らしい! 猫好きの方は「猫と月」を読んで首肯するはずだし、どの作品にも、こちらの乏しい想像力とイメージを刺激してくれる美しいフレーズが並んでいる。引用できないのが残念だけれど、わたしが惹かれたのは「揺れ動く」という詩。五十代以上の人なら心にしみるんじゃないかなあ。というわけで、この一冊で、皆さんもイェイツを初体験してみてはいかがでしょう。

新潮社 週刊新潮
2016年12月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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