『家康 1』
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【聞きたい。】安部龍太郎さん 『家康(1)自立篇』
[文] 産経新聞社
■「経済」の視点から通説覆す
たぬきおやじ、神君、がまんの人…徳川家康のイメージはこんなところか。その通説を根本から覆してみたいという。新たな視点は「経済」である。
入り口は信長だった。
「信長という男がどうしても分からない。だから取材をし(小説を)書くことによって分かろうとした。20年かかって得た結論はこれまでの『戦国史観』が間違っていたことです」
戦国から安土桃山に続く時代は空前の「高度経済成長期」だった。世界は大航海時代。日本も石見(いわみ)銀山などに代表されるシルバーラッシュに沸き、それらを東南アジアへ輸出し、南蛮貿易が栄える。カネをつかんだ者が天下に近づいた。
「信長は『流通』を支配した大名です。伊勢湾や木曽川の海運から琵琶湖を抑え、流通事業で稼ぐ。堺の商人と組んで鉄砲と火薬の原料を抑えてしまう。若き家康は、この偉大な先生から経済を学ぶのです」
徳川家の所領、三河は今川、武田、織田に挟まれた小国。外交戦だけでは生き延びることはできない。カネを稼ぎ、絶対的な武器である鉄砲をどうしても入手せねばならなかった。
「家康が変わるのは今川方の武将として桶狭間(おけはざま)の戦いに敗れてからでしょうね。当初は信長のルートに乗っかりながらも最終的に選択した経済体制は違う。信長・秀吉が『重商主義・中央集権』とすれば、家康は『農本主義・地方分権』を選ぶ。それで江戸260年の平和が実現した」
徳川幕府は「士農工商」で商人の地位を貶(おとし)め、鎖国で外国との交易も制限する。江戸時代の史観によって信長の重商主義は否定され、家康もまた明治以降の史観によって謀略家のイメージが定着してしまう。
「家康は豊臣から天下を奪った簒奪(さんだつ)者のイメージでしょ。でも、僕は家康が『日本という国をどう立て直すか』というテーマを持っていたように思う。『凡人家康』がどう取り組んだか、それを描きたい」(幻冬舎・1700円+税)
喜多由浩
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【プロフィル】安部龍太郎
あべ・りゅうたろう 昭和30年福岡県生まれ。平成2年「血の日本史」でデビュー。25年「等伯」で直木賞受賞。