仲間が増えることと新規事業の成功はほとんど近しい――『巻き込む力』翻訳者が語る「ストーリー」の力

インタビュー

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新刊インタビュー:『巻き込む力 支援を勝ち取る起業ストーリーのつくり方』

[文] 渡部拓也

優れたアイデアを持っていても、それを言語化して伝えることが苦手なために起業や新規事業の立ち上げに失敗してしまっては元も子もありません。今回、翔泳社が刊行した『巻き込む力』の翻訳者である津田真吾さんに、資本家や上司を説得するためのピッチ資料やストーリーの重要性と具体的なノウハウを紹介した本書についてうかがいました。

アイデアを言語化して説明するのが苦手な方のために

――『巻き込む力 支援を勝ち取る起業ストーリーのつくり方』はスタートアップにおいて最大の課題である資金調達を行うためのノウハウが解説されており、特に「ストーリー」を伝えるためのピッチ資料の作り方が具体的に紹介されています。

 翻訳を手がけられた津田さんはBiz/Zine Day 2016に登壇していただくなど、Biz/Zineとはかねてよりご縁がありますが、改めて経歴について教えていただけますでしょうか。

津田:私は元々エンジニアだったのですが、人生の転機となったのがクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』でした。読まれた方はご存知のように、クリステンセンはハードディスク業界の変化に関する研究から破壊的イノベーションの理論を生み出しました。刊行当時、実は私はまさにハードディスクの研究開発をしていました。

 同書を読んだときの衝撃は大きく、社内でも読まれていたことから、自社の戦略・方針転換に期待したんです。ところが「あれはあれ、うちはうち」とクリステンセンの理論が取り入れられることはありませんでした。そのとき、ただのエンジニアのままだと企業を変えるのは難しいと感じると同時に、コンサルタントの立場で日本企業が持つ技術をより役立つものにし、エンジニアの地位向上に貢献したいと思うようになりました。
 
 エンジニアもコンサルタントも仕事の本質的な部分は共通しています。問題を見つけること、その問題に根本的な対策をすること、対策してでき上がったものをきちんと伝えること、この三つです。ですから、エンジニアの経験があることを強みにコンサルタントに転職し、その後インディージャパンを立ち上げました。

――本書の翻訳に至ったのはどういう経緯があったのでしょうか。

津田:企業の新規事業のお手伝いをしていると、多くの方がつまずく課題があることに気がつきました。それは、アイデアの発案者がそれをうまく言語化できず、きちんと伝えられないということです。我々がテニスの壁打ちのように問答をして形を整え、最終的にピッチ資料にまとめてもらうんですが、それも苦手な方が多いんですね。

 しかし、どうやら言語化が苦手な方でも、手本があるとピッチ資料を作りやすいということがだんだんわかってきました。そこでいい手本がないかと探していたとき、原書の『GET BACKED』を見つけたんです。あっという間に読み終えて、これはぜひ日本で紹介したいと思いました。

 スタートアップにしろ企業の新規事業にしろ、アイデアの良し悪しはイメージの状態で判断するのではなく、実際にやってみて見極めないといけません。その「やってみる」ために社内承認や資金調達などのサポートを得ないといけないわけです。本書はそのために役立つだろうと強く期待しています。

 本書のいいところは、ピッチ資料を作ったらすぐに何億円も集まったとはいかず、何十人にも会ってやっと資金調達できたという泥臭い事例が載っていることです。まったく何もない状態から支援を得るためにはきれいなスライドを作るばかりではなく、その裏側で様々なことをやらないといけないのだと、非常に身に沁みるのではないでしょうか。


津田真吾さん:株式会社インディージャパン 代表取締役テクニカルディレクター

仲間が増えることと事業の成功は極めて近しい

――本書はどういう方に紹介、共有したいとお考えですか?

津田:私自身の仕事から言えば、企業内で新規事業を立ち上げようとしている方に読んでいただきたいですね。資料は様々な情報があれば誰でも作ることができます。ですが、アイデアや想いしかない段階ではなかなか書けませんので、ひとまず本書を手本にして作ってみてもらえればと思います。

 もちろん、原書のターゲットであるスタートアップを考えている方には間違いなくおすすめです。『GET BACKED』というのは狭義では「資金調達」ですが、本書で書かれているように、資金調達するためには知恵や人脈といった支援を得ないといけないんです。ですから、私は英語の直訳に近い「支援を得る」と理解したほうがよいと思っています。邦題の『巻き込む力』はしっくりきますね。

――たしかに、スタートアップには資金よりも仲間を集めることが大事だと書かれています。

津田:弊社は起業して5年目ですが、やはり仲間が大切だと感じています。それは一緒に働く人たちだけでなく、お客さんも仲間なんです。仲間が増えることと事業の成功は極めて近しいですね。

 本書で気に入っているフレーズの一つに「運の表面積を増やす」というものがあります。これは日頃の行いをよくし、活動的になると、セレンディピティに出会いやすくなるということです。ネットが当たり前になっても、支援するかどうか決断するときは相手に会ってから決めますから、これは一つの真理だと思っています。

過去の事例や実績が存在しないからこそ「ストーリー」を作る

――本書は事業計画書ではなく、投資家などにアイデアに共感してもらうためのピッチ資料の作成方法についてかなり具体的に解説されています。

津田:事業計画書はスタートアップには役に立たないと書かれていますね。それは当然です。スタートアップや社内新規事業はまだアイデアしかないので仮説ばかりで、計画するほど情報が揃っていないんですよ。そういう状態だからこそ、解決しようとしている課題や自分のモチベーション、チームについて、事実の羅列ではなく、ストーリーを語ることが効果的なんです。

――社内新規事業だと顕著かもしれませんが、新しいことをやるのに過去の事例や実績を求められたらどうしたらいいでしょうか。

津田:その質問は非常によく訊かれます。もっと調査データがないと経営層を説得できない、と。それをクリアするために省庁や各社が提供している統計データやレポートを集めてスライドを作るんですが、そうするとデータだけで説得しようとしてしまい、「誰が何をどうやるのか」が疎かになってしまいがちです。

 スタートアップや新規事業には主語があります。例を挙げると、「この地域にはラーメン屋が必要だ」と各種のデータで示すことはできますが、誰が作るかででき上がるラーメン屋は異なりますよね。そのため、誰が作るのか、どういうお客さんに来てもらうのかといったことを具体的に提示できないと結局はうまくいかないでしょう。

 だからこそ、ピッチ資料では市場のデータだけでなく、ストーリーを伝えるんです。一人暮らしのお年寄りがいて、行列ができるようなラーメン屋には足が悪くて並ぶことができない。だから、その人たちのためのラーメン屋を作りたい、といった顔の見える具体的な話が重要です。

 新規事業の場合、承認する側のダメ出しが間違っていることもあります。たとえば、鉄道会社がスポーツジム市場に参入する前に、駅構内型スポーツジムの市場規模を示すことは難しい。にもかかわらず、そのデータがないと指摘するのは的を外しています。

 しかし、あれば行きたいという人はいるはずです。そういう人のストーリーを捉え、似たようなストーリーを持つ人がどれくらいいるかは調査することができるでしょう。企画側は、ストーリーと同時にそうしたデータを提示できなければなりません。

――それは新規事業だけでなく、新商品の企画でも通用する考え方だと思います。

津田:そうなんです。書籍にしてもそうでしょう。出版社は類書を刊行することに慣れています。それは、データがあるのでおおよそ売上の予測が立つからですね。ところが、新規性の高い書籍は見慣れないうえデータもありません。だから企画が通りにくいことがあるかもしれません。そんなときこそ、一人の読者のストーリーを捉えて提示し、その書籍の存在を実感させることが重要です。

 本書を提案したときは原著がある程度人気を得ていたので、客観的なデータとして使えて助かりましたね。最近だと小説やエッセイも投稿サイトやブログなどで人気がないと書籍になりませんから、世知辛い世の中ではあります。

 あと、データが必要だと意気込みすぎて、誰でも利用できる二次情報をベースに企画を考えると、大体似たり寄ったりのアイデアしか生まれません。

 既存事業や二次情報頼りの壁を崩して新しいものを作っていくためにもストーリーが有効なんです。ストーリーを作るだけでもかなりディティールに気を配らないとならず、深掘りした分だけ力強くなるわけですね。

 本書では顧客のストーリーの他、起業家のストーリーも語りなさいと書いてあります。これは、なぜ自分がそのアイデアにモチベーションを持っているのかを相手に納得してもらう狙いがあります。最後までやり遂げるのかどうかがわからない事業を支援しようとする人はいませんからね。

起業初心者にとってのバイブル

――本書を読み進める際、意識しておくといいことはありますか?

津田:既に社会に出て仕事をしている方にとっては、やや冗長に感じられるアドバイスが書かれています。たとえば、配布する資料の厚さなどです。これは、よく考えると企業で働いたことのない学生に向けたものだからなんですね。大学生で起業する方には「一般的な企業の常識」を学べるという点で気の利いた教科書といえますし、学生ではない方は改めて注意することとして読んでいただければと思います。

 また、スライドの作り方はかなり手が込んでいます。かっこよく、適切に情報がまとめられているので、ぜひ参考にしてみてください。あまり派手なスライドを見ると中身とのギャップが気になりますが、逆にいい加減なスライドだとやる気があるのか疑われてしまいます。ですので、少しやりすぎぐらいのほうがましですね。

 人と人の関係は、第一印象が大事です。スライドはプロジェクトの身なり、洋服に相当します。もちろんそれだけ見て信頼できる相手かどうか判断するわけではありませんが、やる気がある、中身がしっかりしているという印象を与えるためにしっかりしたスライドも作って損はありません。

 本書は起業初心者にとってバイブルとなるはずです。

翔泳社
2016年12月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

翔泳社

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