『うと そうそう』
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だれかの指 『うと そうそう』刊行エッセイ 森泉岳土
[レビュアー] 森泉岳土
二十年ほどまえ、大学を休学してニュージーランドに行った。ワーキングホリデーという、一年間現地で仕事ができるという制度を利用した。「英語の勉強のため」と両親や友人たちには説明していたが、「異国で暮らしてみたい」というのが正直な目的だった。ひとり暮らしをするのもはじめてだった。
僕が暮らしたのはオークランドという北島にある大きな都市だったが、大きいといっても、すくなくとも当時はメインの通りがひとつあり、裏にまばらに店のならぶ通りがいくつかあって、あとはもうなにもない、といった風情であった。それでもカフェや本屋は充実していたし、仕事が十七時に終わると(僕はそのとき武道具店ではたらいていた。そういった店があったのだ)、フラットに帰って自分でつまみをつくり、それを肴にフラットメイトたちと「恋人と連絡がつかない」「仕事がつまらない」などと言いながら(そのあたりは世界共通みたいだ)ラムやビールを飲んだ。なにしろ町じゅうの店も十七時くらいにはみなピタッと閉まるので、必然的に飲むしかほかにやることがなかったのだ。とはいえ会話さえしていればそれが英語の勉強になるのだから、二十歳を過ぎたばかりの学生にとって楽しくないはずがない。休みの日は公園や海岸を散歩したり、図書館で本を読んだり、すこし遠い喫茶店に行って日本の友人たちにハガキを書いたりした。若さゆえだろう、なんでも吸収した。一年はあっという間だった。
このあいだまでここ小説宝石で連載させてもらっていたマンガ「うとそうそう」に、ワーキングホリデーをしていた女性が当時のことを思い出し、暮らしていたフラットに手紙を出すというはなしがある。折り返しその女性のもとに当時のフラットメイトからメールで返事がとどき、近況を問われる。「あなたはいまなにをしているの?」と。そうやってときにひとは過去を甘く苦く思い出しては対面する。そして確認する。あのときのわたしがいるから、いまのわたしがいるのだ、と。そしてまた前を向いて未来へと歩いて行く。
二十代の日々が懐かしく感じることもあるが、それと同時に、つい昨日のことのようにも思える。時間は不思議だ。あるいは、記憶とは不思議だ。夢にまでみた異国での暮らしはたしかに楽しかったが、決してそればかりではなかった。生まれた土地や友人たちと離れ独りになるのは不安もあったし、将来の展望も見えず漠然と焦ったりもしていた。それなりに不愉快なことだってあった。それでも振り返ってみるとやはり良かったことのほうがこころに残っている。僕が楽観的すぎるのだろうか。だが、冷えた僕の指先をだれかの指があたためてくれたとしたら、僕はその指のことは忘れられない。そちらのほうを胸にとめて生きていきたいなと思う。
そんな思いをこめて「うとそうそう」という一連のマンガを十五ヵ月にわたって描かせてもらった。「うとそうそう」とは「烏兎怱怱」。日月があわただしく過ぎることをいう。単行本になりましたので、良かったら手に取ってみてください。主人公はそれぞれ小学生から若者、老人まで。最終的には猫にも主人公になってもらった。装幀はニュージーランドでよく読み漁っていたようなペーパーバックなので、個人的にそれがとてもうれしい。装幀の吉岡秀典さん、担当編集者の吉田晃子さん、解説を書いてくださった大林宣彦監督、ありがとうございました。