中江有里「私が選んだベスト5」 年末年始お薦めガイド2016-17

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中江有里「私が選んだベスト5」 年末年始お薦めガイド2016-17

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 木内昇(のぼり)『光炎の人』は明治時代、徳島の農家で生まれ育った郷司音三郎が出稼ぎ先の工場で機械と出会い、やがて電気に魅せられていく。どれだけ働いても食べるだけで精一杯だった音三郎を、科学技術は別の世界へ連れて行ってくれた。音三郎は自らの才で立身出世を果たしていくが、ほんの少しのほころびによって追い詰められていく。ラストの衝撃に驚き、打ちのめされたが、これ以上の終り方はないだろう。

 深田晃司『淵に立つ』は映画を監督自ら小説化した。郊外の金属加工工場の風景、平穏な家族の間に流れる空気を淡々と描く。そこに突如現れた八坂という男が、家族をゆがめていく過程に息をのんだ。淵をのぞき込むような読了感。どこまでも深く、底が見えない。

 近藤史恵『シャルロットの憂鬱』は、元警察犬のシャルロットを引き取った夫婦の日常に紛れ込んだミステリーを描く。犬を飼う知人が増えていく中で、謎めいた飼い主や犬にまつわる不穏な事件が起きる。きっと犬を飼わなければ通り過ぎていた事件ばかり。元警察犬なのに警察が嫌いで、人間が好きなシャルロットの愛らしさに癒される。

 村田沙耶香『タダイマトビラ』は著者の発想力にノックアウトされた。特に主人公とニナオとの交わりの切実さ。「家族欲」を自分でコントロールして生きる姿が妙に愛おしくなる。誰もが自分の欲望を、他人を使って処理している。こんなにも本質的なことを小説にするとは……恐ろしい作家だと思います。

ボーン・トゥ・ラン ブルース・スプリングスティーン自伝』は、貧しい子ども時代、父との亀裂、名曲誕生秘話、家族、自らの鬱について心の内を明かす。「走るために生まれてきた」というスプリングスティーンの疾走感が伝わる作。大部だが読ませる。

新潮社 週刊新潮
2016年12月29日・2017年1月5日新年特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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