<東北の本棚>半世紀かけ解明の闘い

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死の虫

『死の虫』

著者
小林 照幸 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784120048623
発売日
2016/06/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>半世紀かけ解明の闘い

[レビュアー] 河北新報

 風土病と恐れられ、いまも死者を出すつつが虫病。病原体は何なのか。明治初期から大正を経て昭和初期に至るまで、解明には半世紀以上を要した。米どころの秋田、新潟、山形の3県を中心に、医学者たちが繰り広げた究明への闘い。そこには激しい先陣争いや人体実験、殉職、学名論争といった内幕があった。その軌跡を追った渾身(こんしん)のノンフィクションだ。
 新潟では赤虫、秋田では毛ダニなどと呼ばれていた0.2~0.3ミリの虫に刺されると、やがて高熱が出て死に至るつつが虫病。謎の病と古くから農民らを苦しめてきた。
 米どころと書いたが、実は水田で刺されるのではない。河原や中州の地表や草むらだ。評者も秋田勤務時代、「大曲の花火」会場などで注意を促された記憶がある。
 明治初期にはドイツから招聘(しょうへい)されたベルツが、明治中期には「世界の北里」となって帰国した北里柴三郎らが現地調査を行って挑んだが、病の正体を突き止めることはできなかった。
 同じころ湯沢市で開業・研究していた医師が「ダニの刺し口によって発病。病気を媒介するのはダニである」と初めて示した。ホームレスへの人体実験まで行い論文にまとめたという。
 やがて東京大医学部をはじめ大学や衛生研究機関の医学者らが3県にそれぞれ乗り出して現地調査を進める。学閥的な「縄張り」があり、熾烈(しれつ)な研究争いの末、誤って病原体を自分に刺し殉職者まで出してしまう痛ましい事態に。
 ついに病原体はリケッチアと分かるのだが、ヤマ場はぜひ本書で。学名を巡っては研究者の間で戦後まで論争を引きずった。つつが虫病の原因解明という輝かしい金字塔が何一つ大きな賞につながらなかった背景の一つと見る。
 著者は1968年長野県生まれ。「毒蛇」で第1回開高健賞奨励賞を受賞。他の著書に「朱鷺(とき)の遺言」「死の貝」など。
 中央公論新社03(5299)1730=1728円。

河北新報
2016年11月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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