あらゆる感覚が研ぎ澄まされる幻のデビュー作
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
『羊と鋼の森』で本屋大賞を受賞した著者の受賞後第一作。二〇〇四年に文學界新人賞佳作に選ばれたデビュー作でもある。
クリスマスの日に会社が倒産した行助(ゆきすけ)は失意の中、偶然通りかかったパチンコ店の裏の駐輪場にあるたいやき屋に立ち寄った。買い求めたたいやきのあまりの美味しさに、行助は一旦離れた店に戻り、焼いている女性に言う。
「これ、おいしい」
それがたいやき屋のこよみさんと行助の出会いだ。たいやき屋に通いはじめた行助とこよみさんの距離はほんの少しずつ近づいていく。そんなある日、こよみさんが思わぬ事故に巻き込まれ、突然たいやき屋は閉じてしまう。
物語の本筋はここから始まるのだが、二人の出会いから徐々に親しくなっていく前段に、重要なことがさりげなくちりばめられている。
たとえば行助の松葉づえのこと、行助と家族のやりとり、バラバラになったらしいこよみさんの家族、大好きな胡桃(くるみ)の隠し場所を忘れてしまうリスの話……エピソードを点描するごとに二人の輪郭が浮かび上がる。行助がこよみさんのたいやきを家族に食べさせたくなるのは、美味しいたいやきを焼くことが出来るこよみさんという人を知ってほしいからだろう。
近しい人に、あるいは好きな人に自分が感じたことを伝えようとするのはある種の欲望かもしれない。悲しかったこと、嬉しかったこと、美味しかったこと、自分の世界で起きたことを知ってほしい、と欲する。子どもが何か起こるとすぐに「見て」「来て」「痛い」と身近な大人に訴えるのと何ら変わらない、とてもささやかな欲望だ。
しかしこよみさんの病は、そんな欲望を奪ってしまう。今日の記憶は日が変わると消えてしまう。事故以前のことは覚えているし、たいやきも美味しく焼けるけど、新しい記憶は留めておけない。行助が昨日嫌いだと言ったブロッコリーを今日も茹でてしまったり、気に入った本やCDを何度も買ってきたりする。
だけど不思議と悲壮感はない。この物語が病や過酷な状況に立ち向かうのではなく、「行助の世界」と「こよみさんの世界」のあり方を問うているからではないかと思う。共有出来なくても、二人の世界はそのまま並んでいられるのだ。
読書中、嗅覚、触覚などあらゆる感覚が研ぎ澄まされた気がした。読んで、感じてもらいたい。