現代文学が書かれるべき“場所” 『野良ビトたちの燃え上がる肖像』

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野良ビトたちの燃え上がる肖像

『野良ビトたちの燃え上がる肖像』

著者
木村 友祐 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103361329
発売日
2016/11/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

真に新しい現代文学が誕生する場所はここだ!

[レビュアー] 都甲幸治(翻訳家・早稲田大学教授)

 命の重さに上下はない。この原則を現代の日本に適用したとき、真に新しい文学が生まれた。舞台は東京と神奈川の境の河原だ。柳さんは野宿生活を始めて二十年以上になる。そこに雑誌記者上がりの若者、木下が転がり込んできた。柳さんはやっかいだなと思いながらも、木下に廃品から自転車を組み立ててやり、アルミ缶の拾い方を教えてやる。その昔、彼も工藤さんに生きるすべを全部教えてもらったからだ。河原では本名もわからない同士が無償で助け合う、もう一つの経済が成り立っている。

 だが状況は急速に変貌する。政府の政策のおかげで失業した人々が大量に河原に流れ込むのだ。彼らに警戒心を燃やした地域住民は「野良ビト」狩りを決行する。まずは缶や段ボールなど、生活に必要な物資を無償で渡すことを拒否し、土手に柵を作って彼らを封じ込め、水飲み場を閉じて弱らせる。野宿者の反撃は、住民側の暴力を加速させるだけだ。国際的なスポーツ大会を目前にして環境浄化を求める住民たちは、ついに野宿者たち全員に火を放ち焼き払うことを決意する。

 ここで忘却されているのは、河原に住む者もまた普通の人間である、という事実だ。インターネットの中に生きリアルを忘れた人々は、他の命への想像力を失い、限りなく不寛容になる。清潔さを好む彼らにとって、河原で異臭を放つ者たちは汚れでしかない。ならばこうした快適さのファシズムを反転させる契機とは何か。動物たちの持つ力だ。

 虫は飛ぶ高さを変えることで明日の天気を教えてくれる。心を病んで河原にやってきた梶さんは猫に生きる力をもらう。他の社会とは時間の流れ方が違う河原で、人々は動物に学び、「敬意とか感謝」を取り戻す。そのとき、河原と一般社会の上下は反転し、見下された人々こそが未来を生きる知恵を見出す。本書は現代文学が書かれるべき根源的な場所を示している。

新潮社 週刊新潮
2017年1月19日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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