【文庫双六】異世界のような図書館といえば――梯久美子
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
私の家の本棚では『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と同じ段にリチャード・ブローティガンの『愛のゆくえ』が並んでいる。本棚のそのあたりは私が分類するところの「図書館小説」の場所なのだ(『愛のゆくえ』の隣にはフィリップ・ロスの『さようならコロンバス』がある)。
私は仕事柄、全国各地の図書館で調べものをした経験がある。いまはどこの図書館も明るくて開放的(「読み聞かせ」が流行り出したころからそんな感じになった)だが、ひと昔前は、隅のあたりが薄暗く、書棚の陰に何かがひそんでいそうな雰囲気の小さな図書館が結構あった。そこでは外がどんなに晴れていても、雨の日のように湿った匂いがする。
図書館独特のそうした結界っぽさや別世界感といったものが、『世界の終り……』のひとつの鍵になっているのだが、同じくらい変わっていて、同じくらい心を惹かれるのが、『愛のゆくえ』に出てくる図書館だ。
そこは本を借りるための図書館ではなく、成功者とは言えない無名の人たちが、自分が書いた本を持ち込んでくる図書館である。その住み込み図書館員で、数年間一歩も外に出ていない青年のもとに、ある夜、完璧な肉体と美貌を持つ若い女性がやってくる。彼女はやがて妊娠し、二人は堕胎のための旅に出る。
ブローティガンといえば『アメリカの鱒釣り』で、それに比べてこの作品の知名度は低いし、どうやら評価もそれほど高くないらしい。けれどもこの本のもつ少し調子の外れた優しさには何とも言えない魅力があって、何年かに一度は本棚から取り出してページをめくることになる。
主人公の住む図書館は、外界から隔絶された奇妙な場所である一方で、包み込むようなあたたかな雰囲気に満ちている。いずれそこを出ていかねばならない繭のような、不思議に有機的な存在として図書館が描かれる、図書館好きにはたまらない小説である。