ありふれた事件はあるけれど――『いちばん悲しい』刊行エッセイ まさきとしか

エッセイ

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いちばん悲しい

『いちばん悲しい』

著者
まさき, としか
出版社
光文社
ISBN
9784334911423
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

ありふれた事件はあるけれど――『いちばん悲しい』刊行エッセイ まさきとしか

[レビュアー] まさきとしか

 たとえば、いま私が胃の不調に悩まされているとする。胃の不調は一週間前から続いているとする。一週間前には長編のゲラが届き、校閲さんによる指摘がみっしり書かれていたとする。私はメンタルが弱く、どうしよう! 間に合わないかもしれない!――という日々を過ごしていたとする。

 この状況から「ゲラのプレッシャーから胃を壊した」と考えるのは容易である。

 しかし、実際の背景は次のとおりだ。

 いま私は胃の不調に悩まされている。胃の不調は一週間前からで、風邪にもかかわらず朝まで飲んだくれたせいだ。私はメンタルが弱く、「電車があるうちに帰る」と決めているにもかかわらず、誘惑に負けてしまうことが多々ある。それにしても一週間前の二日酔いはひどかった。あれ以来、胃の不調が続き、酒も飲めずにいる。

 なにが言いたいかというと、「状況」と「背景」についてだ。私たちは、状況のみをとらえ、無意識のうちにわかりやすい背景を描いてしまう。

 日々の事件でもそうだ。

『いちばん悲しい』は、ひとりの中年男が刺殺体で発見されるところから始まる。いまの時代、珍しくもない事件だ。こういう事件にふれたとき、もし被害者が闇金業者であれば金銭がらみのトラブルだと考え、真面目な公務員であれば一方的な恨みを買ったか、はたまた被害者には裏の顔があったと考えるのがわかりやすいだろう。

 けれど、ありふれた事件はあっても、ありふれた背景はないと私は思う。

 事件の背景には犯人と被害者だけでなく、彼らにかかわった多くの人間がいて、そのひとりひとりの感情や思惑、行動や言葉が影響している。ひとつひとつは些細でも、また無関係に見えても、それらが負の数珠つなぎとなって、殺人へと行きついてしまうこともあるだろう。

 さて、ここで一週間前の夜を振り返ってみよう。私はどうして夜どおし飲むことになったのか。もし隣のおじさんがワインを一杯おごってくれなければ、もし飲み屋の室温が二度低ければ、もし外が吹雪じゃなければ、もし店主が「ゆっくりしていけば」と言わなければ。つまり、私の朝帰りは私だけのせいではなく、その背景には複雑につながる事象が存在していたのである。

 では、こうした「背景」を描きたいがために、この小説を書いたのかというと、それはちょっとちがうように思う。思う、というのは自分でもよくわからないからだ。小説を書き終えるといつも「私はどうしてこの小説を書いたのだろう」と不思議な気持ちになる。

 たぶん新聞を切り抜く習慣の影響もあるのだろう。

「アパートに男性の遺体」「焼け跡に遺体 殺人事件の疑い」「床下に男性遺体 不明の夫か」

 私が切り抜いた新聞記事のほとんどが、痛ましくはあるがありふれたニュースだ。その切り抜きを読みながら、私は事件の背景を想像してみる。私の想像は、真実とはかけ離れたものだろう。それでも想像することで、被害者が生身の人間として立ち昇る。そして、背景に漂う悲しみの気配がうっすらと感じられる気がする。

『いちばん悲しい』というタイトルは、人間にとっていちばん深く激しい悲しみはどういうものだろうという思いからつけた。

 最後に、胃の不調であるが、気がつけば治っていた。再び酒がうまい。嬉しい。

光文社 小説宝石
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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