神田神保町のユニークな店 『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

なぜこれでやっていける?疑問がやがて希望に変わる

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 こんなことを言うと怒られそうだが、政治には期待してない。だめだとわかっている。なら、何に期待する? 個人である。自分の頭を使って納得する生き方を生みだす個人に期待する。そう、ひとりで食堂を切り盛りする著者のような女性に。

 その名も「未来食堂」というカウンター十二席の店が神田神保町にある。そのユニークな運営システムの一端を紹介すると、だれでも五十分手伝うと一食無料券が得られる「まかない」。自分が使わなければその券を所定の壁に貼ると、他の人がそれを剝がして使える「ただめし」。夕食時には希望に合わせておかずをオーダーできる「あつらえ」。店に半分の量を提供すれば酒の持ち込みが可能な「さしいれ」。

 仲間の寄り合い所みたいな店が思い浮かびそうだが、ちがう。閉じた場にならないよう、フラットであろうと心がける。とはいえ、マニュアル化しては元も子もないから、それを避けつつ合理的に利潤を生み出すよう工夫する。その仕組みが詳しく紹介されている。

 起業の予定はないし、ふだんは読まないタイプの本だが、実におもしろく読み終えた。世間の常識を疑い、物事を根本から考えようとする著者の態度に、まさしく現代の希望がここにあると心が熱くなった。

「まかない」では仕事の仕方に人によってばらつきが出るが、それをいかにポジティブにとらえるか。毎度「ただめし」券をとって食べる客がいて、否定はできないがもやもやする気持にどう収まりをつけるか。貼ってある「ただめし」券をとって持ち帰る人がいるが、これはどういう心理なのか、など持ち上がる問題のひとつひとつを自分の頭で考え納得するそのプロセスが実に尊い。

 夢や希望を抱きにくい時代と言われるけれど、出来ることはまだまだありそうだ。それにはやる気だけではだめ。思考力と想像力にこそ、その鍵があると教えてくれる。

新潮社 週刊新潮
2017年1月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク