銀行から慰謝料を取る方法――『解決人』刊行エッセイ 両角長彦

エッセイ

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解決人

『解決人』

著者
両角長彦 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911447
発売日
2017/01/16
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

銀行から慰謝料を取る方法――『解決人』刊行エッセイ 両角長彦

[レビュアー] 両角長彦

 誰にでも、一度はケンカをしなければならない時があるものです。その時、一緒に戦ってくれる仲間が一人でもいるかどうかで、戦局は大きく変わってきます。

 死後にそなえて遺言状を作っておこうと思い、ある銀行の遺言信託を利用したところ、そこの担当者が遺言状の完成案を、私の氏名と共にまったく別人の住所に送付するという、とんでもないミスを犯しました。

 本店から頭取代理が飛んできてぺこぺこあやまりましたが、私が「慰謝料を払え」と言うと、にこにこしながら「それはできかねます」と言います。

「謝罪はする。ただし銀行なりのやり方で。お前の意向には従わない」という態度に、私はカチンと来ました。「出るとこ出ましょうか」と言うと、頭取代理はにこにこして「どうぞどうぞ」。

「銀行と裁判しようと思うんだけど」と家族や友人に言うと、みんな顔色を変えて「馬鹿なことはよせ。金を使って負けるだけだ」と言います。

 たしかにそうです。個人が銀行を訴えて勝つなんて不可能だと、江上剛先生だって言うでしょう(たぶん)。「やってみろよ」と言ってくれたのは、友人の六原だけでした。「これはやるべきケンカだ」

「でもなあ」私はぼやきました。「裁判なんてやったことないし、弁護士雇うには金がかかるしなあ」

「少額訴訟制度を利用すればいい。請求額六十万円以内なら、弁護士を立てず、本人だけで訴訟ができるんだ」

 六原のアドバイスに従って東京地裁で用紙を受け取り、訴状を作りました。訴状には枚数制限がないので、原稿用紙五十枚分書きました。これも六原のアドバイスに従って、最近の頭取代理との会話をICレコーダーで隠し録りしていたので、難しい作業ではありませんでした。

 訴状は受理され、審理の日取りが通知されてきました。生まれて初めての裁判、相手は銀行です。私は武者ぶるいをしました。

「僕は同行しない方がいいだろう」六原は言いました。「一人の方が、相手を油断させられる」

 審理は非公開で、円卓に判事、副判事、原告の私、被告の四者が着席しておこなわれます。被告席にすわっているのは銀行職員ではなく、代理人の弁護士でした。

 被告側の書いた書面を読んだ時点で、意外にいけるのではないかと思いました。私の訴状は実際にあったことだけを述べたのに対し、書面には「原告の行為は異常」「粗暴」などと、感情的な表現が目立ったからです。審理自体は拍子抜けするほど簡単なもので、物的証拠である誤送付された遺言案(担当者の手紙つき)を判事が確認する以外、たいしたやりとりはありませんでした。銀行代理の弁護士が「録音テープは本当にあるんですか?」とたずね、「あります」と私が答えると、それ以上は追及してきませんでした。

 判事と副判事がしばらく話し合ったすえ、弁護士にむかって言いました。「で、銀行としては、原告にいくらか払う気、あるんですか?」

 私は、これで勝ったと思いました。判事が和解案を被告に示し、被告がこれを蹴れば、判事を敵に回すことになるからです。

 審理はこの一回で終わり、一月後、銀行が私に和解金十万円を支払うことで決着しました。実質勝訴です。

 その場には頭取代理もいました。十万円の入った封筒を私に手渡す時の頭取代理の顔は、見物というほかありませんでした。なぜこんなことが。ありえない――。

 銀行代理の弁護士が、小声で私に聞きました。「あなたのバックには誰がいるんです?」

「有能なトラブルシューターです」私が答えると、弁護士は、ふんと鼻を鳴らしました。

光文社 小説宝石
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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