意外と知らない秀吉政権の人脈 羽柴名字とは何か

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羽柴を名乗った人々

『羽柴を名乗った人々』

著者
黒田, 基樹, 1965-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784047035997
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

意外と知らない秀吉政権の人脈 羽柴名字とは何か

[レビュアー] 福田千鶴(九州大学基幹教育院教授)

 秀吉政権の人脈と聞けば、豊臣秀吉の股肱の臣である蜂須賀小六や奉行として活躍した石田三成を思い浮かべるかもしれない。しかし、本書にこの二人は登場しない。あるいは、竹中半兵衛や黒田官兵衛、今年注目された真田信繁(幸村)も出てこない。なぜなら、秀吉の名字である「羽柴」をもらわなかったので、著者のいう「羽柴政権」の構成者ではないからだ。

 昔の人々の名前は複雑だった。源平藤橘という四つの姓はよく知られているが、秀吉は関白になる際に朝廷から新たに豊臣姓を与えられた。それまで名乗っていた本名は羽柴だから、彼の名前をフルネームでよべば、豊臣朝臣関白羽柴秀吉ということになる。そこで、秀吉はこの新姓の豊臣と本名の羽柴氏を服属大名に与えることで人脈を築いていった。なかでも羽柴名字をもらえた大名は、特別な位置にあった。というのも、蜂須賀小六や真田信繁たちは、豊臣姓はもらえても、羽柴をもらうことはなかったからである。では、秀吉に服属し、羽柴名字をもらって「羽柴政権」を構成した大名は誰か、と聞かれたときに、誰を思い浮かべるだろうか。意外と知らないのである。ここに著者黒田基樹氏は、鋭い目を向ける。

 秀吉がとった策略はこうである。秀吉は関白に就任するとともに、その初参内に大名たちを供奉させた。参内のためには内裏に昇殿する資格―官位―が必要だから、彼らに官位を与えて公家にした。その官位を与える叙任文書を出す際に、豊臣姓・羽柴名字を与え、以後は羽柴名字を名乗らせることで「羽柴政権」を構築していった。黒田氏は次のように述べる。

 これによって秀吉は、全く新しい武家の政治序列の方法を創り出し、前代の織田政権以来の政治秩序の改編を行ったのである。

 つまり、本書のもくろみは、いかに秀吉の政権が前政権である織田政権を克服し、服属大名たちを臣下として配属させていったのか、という秀吉政権の人脈を明らかにすることであり、それを読み解く鍵が「羽柴名字」だ、ということになる。そのために、羽柴名字を名乗った人々を徹底的に洗い出そう、というのだが、これはかつてない斬新な秀吉研究だといってよい。

 さて、本書の著者黒田基樹氏は、戦国大名後北条氏の権力構造や領民支配の研究をご専門にされてきた。また、NHK大河ドラマ「真田丸」でも歴史考証を担当され、真田・後北条・徳川の三つ巴の抗争は見応え十分であり、さすがに黒田氏の考証がさえていると思ったことは記憶に新しい。黒田氏はその「真田丸」の考証の成果をいくつも著書として出版され、真田研究が飛躍的に進展したことはいうまでもない。それら一連の著作のなかに本書も位置するとはいえ、間違いなく「異色」本である。豊臣秀吉の周囲を考証する際に必要な作業だったともいえるが、百八十度異なる観点からの成果の提示である。筆の早いことで名を馳せていた黒田氏の面目躍如だろう。

 しかし、筆が早いとはいえ、黒田氏は決して手を抜かない。良質な史料に基づいて、羽柴名字を名乗る大名たちの履歴をこれでもか、これでもか、というぐらい、丹念に調査している。また、不明な点は無理な解釈をせずそのまま示しており、好感がもてる。

 近年、徳川家康・秀忠父子が豊臣姓・羽柴名字を名乗ったことに注目が集まっていたが、本書では秀吉が有力大名たちを服属化していく過程の全容が、それぞれの人物にそって叙述される。具体的には、秀吉の一門大名、親類大名、織田家の人々、旧織田家家臣の人々、旧戦国大名の人々、と進んでいく。それらの群像のなかから、興味のある人、知らなかった人を選んで読むだけでも、わくわくしてくる。

 本書は豊臣ファンを眠れなくする一書であり、気が付けば読者は「羽柴政権」の立派な考証者になっていることだろう。

 ◇角川選書

KADOKAWA 本の旅人
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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