『恐怖小説 キリカ』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
この作家、予想を裏切るためなら手段を選ばない!
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
虚実の境を自由に泳ぎ回る。
それが澤村伊智『恐怖小説 キリカ』という作品の魅力だ。
澤村電磁の筆名で第二十二回日本ホラー小説大賞に作品を応募していた〈僕〉こと香川隼樹(はやき)に主催者であるKADOKAWAの編集者から電話が来る。応募作『ぼぎわん』が見事受賞を果たしたのだ。〈僕〉は妻・霧香と共に歓喜に浸る。
しかしその幸せは長くは続かなかった。〈僕〉の創作仲間から不可解なメールが届く。そこには『ぼぎわん』が、〈僕〉のある人物に対する憎悪によって書かれたものだという明らかに間違った読解が記されていた。その後も彼からは、一方的に価値観を押しつけるような連絡が続く。間接的なストーカー行為だけではなく、その悪意は霧香にまで向けられるようになるのだ。
澤村伊智は二〇一五年に『ぼぎわん』(刊行時に『ぼぎわんが、来る』と改題)で第二十二回日本ホラー小説大賞を獲得して作家デビューを果たした。つまり〈僕〉の物語は、自身の体験を基底とし、その上に虚構を積み上げる形で書かれているのである。作家になった者に「なれなかった者」が嫉妬をぶつける話として第一章は進んでいく。第二章に入るとそれが一気に転調し、別種の不快な感情が浮上してくるのである。
このどんでん返しを駆使する物語運びが『ぼぎわんが、来る』以来の澤村の武器だ。読者は目的地不明のまま疾走する特急電車に乗せられたようなもので、どこに連れていかれるのかと脅えながらページをめくり続けることになる。
新人賞を題材とした小説は過去にも作例があるが、物語を現実に可能な限り接近させ、その手触りを内容に取り込むことによって迫真性を獲得しようとした作品が『恐怖小説 キリカ』なのである。澤村は読者の予想を裏切るためならば手段を選ばない作家だ。その技法の極点に本書で到達した感がある。果たしてこの後どのような虚構へと突き進むのか。