『ニワトリ』
- 著者
- アンドリュー・ロウラー [著]/熊井ひろ美 [訳]
- 出版社
- インターシフト
- ISBN
- 9784772695534
- 発売日
- 2016/11/17
- 価格
- 2,640円(税込)
ニワトリにまつわるウンチクの宝庫
[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)
冒頭の一文で本書に魅せられてしまった。「世界中のネコとイヌとブタとウシの数を合計しても、ニワトリの数のほうがまだ多い」――。実にその数、二〇〇億羽。そして、地球上にニワトリがいない地域は二つしかない。国自体が小さくて鶏小屋を置くスペースがないヴァチカン市国と、ペンギンをウイルスから守るために持込みが禁じられている南極大陸だけだ。これほどまでに人間とともに世界中に広がった動物のことを、私はまったく気に留めていなかった。
驚くべきはその数だけではない。四〇〇〇年前のインダス文明の遺跡からもニワトリの骨らしきものが発見されたばかりか、古代エジプト、ペルシャなどの古代文明の昔から重用されていたという。朝の訪れを告げることから太陽神を崇める民に大切にされ、毎日卵を産む性質は多産の象徴として、多くの宗教や儀式や占いに神の使いとして用いられた。身体の各部が薬として健康食品として古代の処方箋として登場する。また多くの国で闘鶏の戦士として人々を楽しませた。
多くの科学的発見を手助けしてもいる。ダーウィンは進化論の証拠をニワトリに求め、パスツールは世界初のワクチン製造に利用した。鳥類が恐竜から進化した証拠にもニワトリのタンパク質が用いられている。また、雄鶏にはペニスがないのだが、この発生学を研究することでヘビが足を失った理由や人間に先天的欠損がある理由が解明されるかもしれない。タンパク質ベースの薬の製造に利用することで、医療に革命を起こすともいわれている。ニワトリの知性の研究が自閉症の治療につながる可能性さえあるという。
本書は科学ライターの著者が、そんなニワトリのありとあらゆる“足跡”を追って世界中を旅するルポルタージュだ。本欄には書ききれないほどの、ニワトリに関するウンチクが本書には詰まっている。しかし、著者が最も訴えたいのは、これほどまでに多大な恩恵を人類に授けてくれたニワトリが置かれた環境の改善だろう。動物愛護団体からも目の敵にされているブロイラー・ビジネスだ。
例えば、アメリカ・デルマーヴァ半島にある人口五〇万人のブロイラー生産地では、六億羽のニワトリが飼育され、週に一二〇〇万羽のニワトリが処理加工される。ここで飼育されるニワトリは足が不自由で歩けなかったり、隣の雌鶏を突かぬようくちばしを焼ききられたりしている。太陽を見ることなしに、ミミズをついばむこともなしに、食肉処理される。
著者が本書の最後に訪れるのは、これら産業用ニワトリの飼育環境を変える試みを行っているベトナムの人々だ。そこには人とニワトリの幸せな関係が垣間見られ、暗い気分も解消されるだろう。
酉年の頭に読むのにぴったりの本だと確信した。