『稲と米の民族誌』
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稲と米の民族誌 佐藤洋一郎 著
[レビュアー] 祖田修(京都大名誉教授)
◆多彩な田園の風景を巡る
著者は遺伝学の立場から、ひたすら稲の起源と進化の過程を探し求める研究者である。本書はその三十年の軌跡を集約したアジア旅行記だ。著者は稲作とその品種、米の食べ方、米への思い、それらを取り巻く自然や社会のありようの総体を“稲作景観”と呼ぶ。
旅はインド・ヒマラヤ圏から始まる。美しい棚田が広がる同じ稲作の文化でありながら、ブータンでは一枚の田にいろいろな品種の稲を混植する。労働配分、安定収穫のための知恵のようだ。紅茶で有名なダージリンでも米を作っている。シッキムでは籾(もみ)にレンガ色の筋がついており、トウモロコシやシコクビエも栽培する。また、畦道(あぜみち)に豆を植える“畦豆”の習慣があるという。山陰地方の農家に生まれた私も、母親と畦道に夏豆の種をまいた経験があり、懐かしい気持ちになった。
タイは、有数の米生産国で半分は輸出する。そして香り米のチャーハンとヌードルの国だ。水田には点々と林が散在する「産米林」という独特の景観がある。ラオスは焼き畑の多い、もち米中心のおこわ食の国だ。他と異なり、脱粒しやすい品種を用いるが、敬虔(けいけん)な仏教国で、鳥にも分けてやるという心根があるようだ。
ベトナムはメコン河、紅河流域等に広がる平原で、五、十月収穫の二期作、三期作も可能な一大米産出国だ。水が豊富で、水田は魚やアヒルの育成場ともなり果実も多い。昨夏、私自身もこの国を訪れる機会があり、そのことを実感した。カンボジアもベトナムと似ているが、収穫期を決めず、年中収穫と田植えが入り交じる豊饒(ほうじょう)な国だ。
そして著者の足は、七千年の稲作の歴史を持つ中国へと向かう。中国は北部の麦とミルク、南部の米地帯に区分される農耕と遊牧の国、南船北馬の国、黄河文明と長江文明の国であり、その融合の国である。
私は、著者とともに、懐かしさつのるアジア、普遍性と多様性の交錯する文明と文化の旅をさせて頂いた。
(NHKブックス・1728円)
<さとう・よういちろう> 農学博士。著書『食の人類史』『稲の日本史』など。
◆もう1冊
R・ドフリース著『食糧と人類』(小川敏子訳・日本経済新聞出版社)。食糧の増産によって飢餓を克服してきた人類の軌跡をたどる。